「運も実力のうち」は本当か

思い起こせば、私はラッキーなことの連続な人生だ。模試ではずっとE判定だったにもかかわらず、第一志望の大学に推薦入学できたり、オーディションに欠員が出たから穴埋めに呼ばれて行ったらデビューが決まったり、なんとなく返信したDMで素敵なパートナーを見つけたり。

運自慢は現実社会でなかなかすることはない。日本では特に自分がラッキーだったと公言することはあまりないように思う。「運は実力のうち」なんて言葉があるからだろうか? でも、運がある人に実力も伴っているとは限らない。

少なくとも私に限っていうと、運はいいが実力がないことがほとんどだ。イカゲソ天そばを食べることができたのも、実力ではない。電車で行っても、タクシーが最短距離で行っても、運転手さんが自己申告してくれるタイプの人でなくても、実力では食べられなかった。

むしろ、実力が伴っていないことは、この社会で生きるようになってからは、ずっとつきまとうコンプレックスだった。「運だけ」コンプレックス

以前も書いているが、芸人になってから、才能ある芸人を前に日々絶望してきた。不安もあって飲み歩き、何者かになろうとした。今振り返るとそのときの経験は確実に実になっているのだけれど、飲みつぶれても自信のなさは拭えなかった。

写真提供/バービー

だからこそ、運の良さに押しつぶされないように試行錯誤してきた。もし私に笑いのセンスがあったなら、これほどセルフプロデュースについて考えなかったかもしれない。もし自分の芸に自信があったら、私の笑いを刮目といわんばかりの態度で見ている人ファーストの考えではなかったかもしれない。

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役やポジションに見合うよう自分自身を見つめ続けてきた。運に振り回されておごらぬよう、活かすよう。だからこそ、実力の天井を見極めて手を引くタイミングも早めだが、方向転換したり、あがいているうちに何か見つかるってことは往々にしてあるように思うのだ。

そうしているうちに、次のラッキーが舞い込む。「乗り越えられる人にしか試練は与えられない」なんて聖書っぽいセリフを誰かが言っていたけど、ピンチを迎えたとき、このマインドでいなきゃやってられない