江戸時代「吉原の最高位の遊女」と過ごすためには、いくら必要だったのか? 驚きの値段

日本にとって「遊廓」とはなんだったのか。そして、どう語り継いでいくべきなのか——こうした問題意識にもとづき、江戸時代の遊廓の実態をつぶさに描いた『遊廓と日本人』(田中優子著、講談社現代新書)が刊行された。遊女が置かれた厳しい環境、一方でそこから生まれた絢爛な文化など、日本史の陰影の一端をご覧いただこう。

かけそばで換算すると…

江戸時代の遊女の名簿「細見(さいけん)」では、遊女の位と値段は、マークで示されました。太夫という名称がなくなった後、最高級の遊女は「昼三」と呼ばれ、その中でさらに最高級を「呼び出し」と言いました。「花魁」は高級遊女全体を表すニックネームのようなものです。昼三とは、昼間の揚げ代が三分という意味です。私は変動の大きな米の値段ではなく、生活実態に合ったかけそばの値段で換算した独自の換算方法を使っています。そこから考えると8万7000円ほどです。

そのなかで最高級の呼び出しは昼夜で一両一分でした。かけそば換算すると14万6000円ほどです。裏店の長屋で親子五人が一ヵ月一両二分で暮らせた、と言います。

張見世という、遊女が格子の中に座って客が見立てる方法がありましたが、呼び出しは張見世に出ません。そのかわり、新造と禿を連れて客を迎えに行き、遊女屋にお連れする「道中」はおこないました。秘書にあたる番頭新造を最大で三人持ち、身辺の用を足す振袖新造を二、三人持ち、禿が二人つきました。呼び出しは彼女らの教育係でもありました。

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