2021.10.25

「ありいんす」「そうざます」…江戸の遊廓で「吉原言葉」が発明された、深すぎる理由

日本にとって「遊廓」とはなんだったのか。そして、どう語り継いでいくべきなのか——こうした問題意識にもとづき、江戸時代の遊廓の実態をつぶさに描いた『遊廓と日本人』(田中優子著、講談社現代新書)が刊行された。遊女が置かれた厳しい環境、一方でそこから生まれた絢爛な文化など、日本史の陰影の一端をご覧いただこう。

 

「吉原言葉」の魅力

江戸の遊廓と言えば、吉原言葉も名物です。多くの地域、特に東北から女性たちが来ていたので、吉原語を作ってしまって、これを遊女に覚えさせたわけです。守貞が挙げているのは「そうざます」「いやざます」「言いなます(言いなされますの意味)」「参りんした」「やりいんした」などです。「ありましょう」は「ありいんしょう」「ありいんす」などと表現しました。

井上ひさしは『表裏源内蛙合戦』(1970)で、主人公の平賀源内に「吉原を吉原たらしめていたのは廓ことばだ」と言わせています。山東京伝も『通言総籬』の中で「よしておくんなんし。ばからしい」「きいした(来ました)」「じゃあおっせんかへ(〜じゃあないか)」「お見せなんし」「お見なんし」「すかねへぞよぅ」「うれしうおす」などを実況中継のように記録しています。やはり廓言葉に大きな関心を示しています。

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