世間に衝撃を与えたライブドア事件と検察の権威失墜の始まり

金融庁戦記 企業監視官・佐々木清隆の事件簿4/終
大鹿 靖明 プロフィール

下から報告が上がってこない

ただし、株式交換で発行した株が彼らの利益の源泉であったことには変わりがない。港陽監査法人の赤坂和仁会計士はこの一件よりも以前の04年1月、彼らが自社株を売った儲けを連結計上していたことを知って、彼の上司である小林元に「もう言葉がありません」とメールを送っている。赤坂の指摘を受けると、宮内と中村長也は赤坂を会議室に促し、「ファンドを複数通しているので大丈夫。バレない」と迫った。赤坂はおかしいと思ったが、宮内は「もし表面化したら我々が知らないところで発生したと言います」と強弁した。

Photo by iStock

結局、港陽監査法人は黙認した。ライブドアは04年9月期決算で、自社株の売却代金の還流によって売上高を37億円余も底上げした。後にそれが粉飾とされた。悪事に気が付いていたのに、監査法人はそれをたしなめることをせず、まったく機能していなかった。

強制捜査が始まった後、記者レクが必要ということになった。記者クラブにいる記者たちは情報を求めて獰猛になっているというのに、佐々木には説明する材料が何一つ与えられなかった。部下から事前に言われたのは「全部、ノーコメントと言ってください」だけだった。腹を空かせている記者たちに与えるエサは「ノーコメントです」だけ。「こっちは本当に材料もないし、資料も持っていないのに、一方で検察は裏でこっそり、べらべらしゃべっているわけでしょう」。佐々木は情けなくなった。

 

そういう状況下に置かれても、下からの報告は上がってこない。当時のマスメディアは佐々木と大鶴基成特捜部長との深い交流がライブドア摘発の背景にあったと報じたが、内情はそれほど麗しいものではなかった。

「大鶴さんとご縁があったので特捜部に話を聞きに行ったのです。大鶴さんは、てっきり私が事件の指揮をとっていると思っていたのですが、途中でそうではないと気づいたんです。『えっ、佐々木さんは、ご存じないんですか』と」。恥を忍んで事情を打ち明けて、やっと特捜部長から事件の進捗や背景についての情報を教えてもらう。同じような情報は自分の率いる特別調査課の部下も知っているはずなのに、彼らは自分にはまったく報告しない。以来、佐々木は大鶴から教えてもらうようになった。

関連記事