日本の音楽にはもっと「批評」と「歴史」が必要だ…人気YouTuberがそう語る理由

みのインタビュー
柴 那典 プロフィール

邦楽の歴史を追求していく

――『戦いの音楽史』の中では、邦楽の歴史、日本の音楽がどう成り立ってきたかを追求することをこの先の自分のテーマにしたいと書いてらっしゃいました。この考えはどのようにして芽生えたんでしょうか。

このチャンネルを始めてから、邦楽の流れを学び直したいと思って、通史を論じている本を探したんですけれど、なかなかないんです。演歌の歴史とか、昭和歌謡の歴史とか、民謡の歴史とか、それぞれポイントはあるんですけれど、全体を論じているものがない。たとえばマイケル・ボーダッシュの『さよならアメリカ、さよならニッポン』と、ジュリアン・コープの『ジャップ・ロック・サンプラー』という本はあるんですけれど、それらは海外の人が書いた本の翻訳で、視点がずれていると感じる部分も多い。そもそも、ギリギリ戦前、ジャズやロカビリーやハワイアンのレコードの輸入から記述が始まるというのも、おかしいと思っていて。それだと日本の音楽のルーツってどこになるんだろう、と思ってしまう。民謡とか、それ以前の時代の日本の音楽文化と断絶が起きているわけがない。その視点を持って邦楽の歴史を書いた人がいないのは不思議で、未踏の分野だと思っているんです。

――そういう視点は、海外から見た日本の音楽の位置付けや、それをどう広めていくかという発想にも関わってくると思いますか?

もちろん関わってきますね。自国の文化の成り立ちを知らない状態で外に向かっていこうとすると、やっぱり表層的な部分だけをとられて消費されてしまうんです。たとえば今はシティポップがDJにリミックスされて広まったりしていますけれど、それがどういう風に生まれて、どういうところに辿れるのかという話をちゃんとできないと、やっぱ点で消費されただけで終わってしまう。文化の競争力、輸出力みたいなところに繋がってこないので。やっぱり、きっちり地に足ついた状態で説明ができる状態にならないといけないと思います。

――興味を持って掘り進めようとした時のガイドがないと、トレンドとブームで終わってしまう、と。

そうなんですよ。それ自体は悪いことではないんですけど、たとえば、マンガとかアニメにしたって、浮世絵から歴史の線をひけるじゃないですか。そこまで真面目に捉えていない人でも、そういうことって、なんとなくわかると思うんです。アニメはポップカルチャーであるけれど、実は歴史の重厚さもある。そういうところはアピールすべきだと思います。

――YouTubeやストリーミングサービスの普及で、音楽へのアクセスがとても身近になりましたよね。古いものも新しいものも、時代と国境を越えてどんなものも聴けるようになってきている。そのことが文化にも大きな影響を与えていると思うんですが、そのことに関してはどう思いますか?

かなり決定的な出来事だと思います。レコードからCDへの移行に比べても、何倍も違う。ラジオが登場した時くらいの拡散力の変化だと思います。だからこそ、やっぱり、こういう時に重要になってくるのは、批評だと思うんです。情報にアクセスする際には、何らかの批評的な情報が入り口になる。たとえば「友達がいいと言っていた」くらいの程度でもいいんですけれど、そこにも批評がある。価値づけ行為としての批評が大事になっている時代だと思うんです。じゃないと、そもそも情報を手に取らないので。

――まさにそうですね。批評の重要性はむしろ増している。

逆に言うと、海外からも批評の門戸が開いているので、向こうの人が考えた歴史観が通説みたいに語られる可能性も全然あると思うんですよ。そういう意味では、やっぱりこのタイミングで、日本の、邦楽の歴史をしっかりと作っていかないといけない。海外の人しかそういう本を出していないのは、危ないんじゃないのかなとは思います。日本人がいちばん詳しいに決まっているし、自分たちが歴史を作らなきゃダメだと思います。

 

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