ミミズのように這い、群れ集う「タンパク質」

世界初の「分子群ロボット」誕生

連載の第1回から第3回までは、DNA(デオキシリボ核酸)を材料にして様々な構造物をつくる「DNAオリガミ」という技術の現状と可能性を追ってきました。DNAは生物の遺伝情報を記録できるだけではなく、組み合わせれば平らな板や立体的な容れ物にもなるし、回転させたり歩かせたりできることもわかりました。

こうした技術は、今後、ナノメートル(100万分の1ミリメートル)サイズの小さな「機械」や「ロボット」あるいは「人工知能(AI)」をつくるのに役立つと考えられています。

今回からはDNAに加えて、私たちの細胞の中にある別の生体物質も使いながら、小さな機械やロボットをつくる技術に焦点を当てていきます。新たに登場するのは「微小管」と「キネシン」です。聞き慣れないかもしれませんが、どちらもタンパク質からできています。果たして、どんな活躍をするのでしょうか。

3つの決まりで「群れ」はできる

夕暮れ、赤く染まり始めた空を、何百羽あるいは何千羽ものムクドリが群れをなして、ねぐらへ戻っていくのを目にしたことはないでしょうか。真っ黒な塊が変幻自在に姿を変え、それ自体が1つの巨大な生物のようにうごめいている――美しくもあり、また、ぞわぞわとさせられる光景です。

同じような「群れ行動」は、様々な生物で見られます。ムクドリは、まだ目をこらせば一羽一羽を識別できますが、イワシの群れなどを海上から見下ろすと、もう本当に黒い塊にしか見えません。このため、しばしば「ネッシー」のような謎の未確認動物(UMA)と勘ちがいされます。

鳥や魚より大きいヒツジやウシ、アフリカゾウの群れなども、遠くから俯瞰で見れば、どこか似ています。一方でアリやハチなども、やはり変幻自在な群れをつくります。そして私たち人間も、よくテレビに映る渋谷駅の交差点などでは、群衆がいくつかの塊に分かれて変形しながら、すれちがっています。

このような群れは、どのようにしてできるのでしょうか。

【写真】様々な群れ様々な群れ。左上はムクドリ、右上はオニカマス、左下はバッファロー、右下は渋谷の交差点を渡る人々 photos by gettyimages

人間であれば、誰かが音頭をとる場合があるかもしれません。普段はあまり見かけませんが、交差点で警察官が交通整理をしていることはあるでしょう。アフリカゾウにも、リーダーがいるという話は聞いたことがあります。しかしムクドリやイワシ、アリでは、どうでしょうか。

実は上述したような群れ行動は、誰かが音頭をとらなくても自然にできることが知られています。それも単純な3つの決まりに、群れの構成員が従えばいいのです。これは「ボイドモデル」と呼ばれています。「ボイド」とは「鳥に似たもの(bird-oid)」からきています。3つの決まりとは、次の通りです。

  • (1)分離:各構成員は他の構成員と、ぶつからないように距離をとる。
  • (2)整列:各構成員は他の構成員と、だいたい同じ方へ行くように速度と向きを合わせる。
  • (3)結合:各構成員は他の構成員が群れている中心方向へ行くように、向きを変える。

つまり群れの構成員は、必ずしも群れ全体のことを意識する必要はなく、自分の前後左右にいる他の構成員に「合わせて」いればいいということです。私たちも前を行く人の頭しか見えないような人混みでは、よく「流れにまかせて」歩きますが、それは半ば無意識にボイドモデルを実行しているのかもしれません。

このモデルは数学的に記述することが可能で、コンピューターの中でも再現することができます。というか、もともとボイドモデルは、コンピューター・グラフィックス(CG)で描いた生物を、リアルに動かすために考案されました。実際、すでに多くのアニメーションや映画などで利用されています。有名なところでは『バットマン・リターンズ』のコウモリが飛び交うシーンや、『ロード・オブ・ザ・リング』の戦闘シーンなどが挙げられます。

ボイドモデルで「群れ」を再現したコンピューター・アニメーション

ロボットが協調して星形に群れる

さてコンピューターで群れを再現できるのであれば、ロボットでも再現できるはずです。実際、すでに「群ロボット」と呼ばれる分野があって、世界中で多くの研究が行われています。その目的には生物における社会行動の仕組みを解明するという理学的な側面と、たくさんのロボットを効率的に制御する方法を開発するという工学的な側面とがあります。

よく引き合いに出される例としては、アメリカのハーバード大学で開発された「キロボット」があります。直径3.3cmと指でつまめるくらいの大きさですが、プログラム可能なコンピューターを内蔵し、3本の脚で動きまわり、赤外線で他のロボットと相互に通信できます。これを何十台、何百台、あるいは名前の通り1000(キロ)台集めて動かすと、様々な群れ行動を再現できます。

【写真】群ロボット「キロボット」ハーバード大学で開発された群ロボット「キロボット」 photo by asuscreative, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

キロボットは先ほどのボイドモデルで動かすこともできますが、他の同じように単純なモデルをプログラムすることで、星形の群れや、文字の形をした群れなどをつくらせることができます。これは一種の「協調行動」と言えるでしょう。

星形や「K」という文字の形などに群れるキロボット

ちなみに今夏のオリンピックで開会式に登場した2000台近いドローンは、夜空に公式エンブレムや地球を描きだしましたが、あれは全体が複数のパソコンで基本的に制御されており(自律的な補正機能はありますが)群ロボットとは呼べないようです。

群ロボットのいいところは、一つ一つが小さくて非力でも、協調・協力させることによって、大きな仕事をさせられることです。また群れですから、1つや2つ故障したところで、全体としてのパフォーマンスが大きく損なわれることはありません。なので災害現場など危険な場所での作業に、向いていると考えられています。

ただ小さいとはいえ、このキロボットは決して安いわけではありません。市販されているのは10個セットで10万円以上します。100個だと100万円、1000個揃えたら1000万円以上かかるわけです。また数が増えれば、それだけ広い場所が必要になるでしょう。1000台を動かすとなれば、1部屋まるごと用意しなければなりません。

予算や場所がなければ、ほどほどの数で済ませるしかありませんが、なるべくなら、たくさんのロボットを使いたいものです。多ければ多いほど、集団としての振る舞いが、より精度よく見えてくるようになるからです。何万というアリやハチの群れを再現するのに、数十台というわけにはいかないでしょう。

前置きが長くなりました。ここでようやく「分子」の登場です。

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