共感しにくい
2.社会背景が日本と違いすぎて共感できず?
「韓国なら本当にこういうことをやってそうでフィクション感があるんでしょうが、日本ではあり得そうにない。共感しづらい」
「カイジがヒットしたのも10年ぐらい前。もう『金がない』だけでデスゲームに参加する時代でもない。鬱とか孤独とか、もう少し幅が欲しかった」
「女性の描き方が時代遅れ。体使って生き残ろうとしたり、男を道連れに死んだり。唯一良かったのは、参加していた女の子2人組の、女ゆえの痛みを理解し合うエピソードくらいかな」
「こんなに簡単にドサドサ殺し合うドラマは日本人には合わないでしょう」etc.
ゲームに参加するのは、そのほとんどが経済的に困窮している人ばかりだ。主人公は、勤めていた会社から解雇され多額の借金を背負っている。妻は娘を連れて出て行きお金のある男と再婚。一緒に暮らす年老いた母親は糖尿病を患い足切断の危機に。それでも「治療代が払えない」と足を引きずりながら病院を抜け出す母親を見て、ゲームへの参加を決意するのだ。
他にも、貧しい家庭からソウル大を出てエリート金融マンとなるも、投資に失敗して会社の金を横領し、警察に追われることになった主人公の幼馴染。北朝鮮からの脱北者で、ゲームの賞金で母親と弟と暮らすことを夢見る女性。搾取されるパキスタンからの出稼ぎ労働者。組織のお金を使い込み命を狙われるギャング。家もなく、脳腫瘍を患い明日をも知れない貧困老人など……。
彼らのゲーム参加理由はほとんどが経済的困窮で、違いがあるとすれば、生きる刺激を求める貧困老人ぐらいだ。コメントが指摘しているように、女性や外国人労働者など弱者の描き方を含め、人間模様がややステレオタイプ過ぎる嫌いはたしかにある。
生き辛さの理由が多様化している(と言われる)日本においては、その参加理由にもう少し広がりが欲しかった、と感じてしまうのだろう。
また、ゲームに負けた人たちの死に際が比較的丁寧に描かれる日本のデスゲーム作品と違い、『イカゲーム』は、あまりにも多くの人が簡単に殺されていく。しかも、ライバルを減らすため互いに殺し合うのも許されているなど、とにかく残虐だ。これは情緒を大事にする日本人にはかなりの障壁となってくるところだ。
アクションものやゾンビものなどのフィクションは、違う国の作品ゆえにリアリティがなくてもハマれることも多い。が、デスゲームものは、のめり込むには登場人物への共感性が必要だ。今回の『イカゲーム』は、韓国と日本の社会事情、性格の違いなどが上手く作用しなかったようだ。そのため「別に面白かったが、それ以上でも以下でもない感じ」というコメントに見られるように、見たらそれで終わり。“語り合う”という、ヒットに必要なステージには発展しなかったと思われる。