1993年、パリコレにモデルとして参加して以来、モデル活動に、執筆や講演活動にとフル回転。常に前向きかつフェアなメッセージと笑顔で、多くの人を元気づけているアン ミカさん。なぜアン ミカさんは、いつもポジティブに輝いているのでしょうか。アン ミカさんが今のアン ミカさんになった秘密を、「言葉」をキーワードにし、その言葉にまつわるエピソードをお聞きして紐解く本連載。読むだけで心がちょっとラクになる、ビタミンのようなメッセージを受け取ってください。

連載第9回前編では本場でのモデルを夢見てパリに行ったアン ミカさんを待っていた、厳しい現実についてお伝えいただきました。後編ではそこからどのようにしてパリコレに出演し、そして様々な活躍をするに至ったのかをお伝えします。モデル事務所に行き、ダメ出しをされてその理由を聞いたアン ミカさんに告げられた言葉とは――。心に留めている31個の言葉をまとめた、『ポジティブ日めくりカレンダー 毎日アン ミカ』にも入っている大切な言葉のいくつかも、これらの経験から生まれたもののようです。

ファッションの都・パリに渡ったアン ミカさんが直面したのは… Photo by iStock

「あなたからはインスピレーションを感じない」

「モデルとして、私のどこが悪いのか教えてほしい」と尋ねた私に対する、パリのモデル事務所の答えはこうでした。

「あなたは一体なぜ、今日のオーディションにその服を選んだの? あなたのチャームポイントはどこ?」

その日、私が着ていたのは、チャイナカラーっぽい襟の白いトップスに黒のワイドパンツ。そこに厚底のサボで身長をかさ増しするといったものでした。私は「顔映りがいい白に、背が高く見えるパンツを合わせたつもりですが……」と、しどろもどろに説明。チャームポイントに至っては、満足に答えられなかった記憶があります。

「そのトップスの色は、あなたの肌の色をくすませる。白だけでも何百種類もあるというのに、なぜその白を選んだの? 単なる白いTシャツでも、センスのある人は、肌の色、首の長さ、肩の形など、自分に合ったものを選んで着ている。たとえそれが安物でも、そういうセンスを持った人なら『この子は自分に似合う服をわかっているな』とこちらも判断できるし、『あのデザイナーのあの服を着せた時に、しっかり着こなせるに違いない』と想像できる。でも、あなたからは、そういったインスピレーションを何も感じられない」

ぐうの音も出ないとはこのことです。まさに目から鱗がボロボロ落ちるコメントばかりで、私は黙ってうなだれるしかありませんでした。でも、ただ厳しいだけじゃなく、最後にこんなアドバイスもしてくれたのです。

「“好き”と“似合う”は違う。もっといろいろな服を着て、自分に似合うものは何か、自分はどういう人間なのかを学んでみたら? そのうえでまたチャレンジしたらいいよ」と。

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「私にはどの服が似合うと思いますか?」

帰国した私は言われたとおり、ショップ巡りを始めました。百貨店やカジュアルなデザイナーズブランドはもちろん、足を踏み入れたことがないようなハイブランドまで。臆せずどんどん入って行っては、「すみません、私にはどの服が似合うと思いますか?」と、自分が一番素敵だなと思う店員さんに尋ねてまわりました。

そこで気づいたのは、すすめられる服が自分の好みとは大きく違うものばかりだったこと。事務所に所属していた頃は、可愛いらしいデザインを大人っぽく着こなすのが私の定番で、私服でもペールピンクなど、可愛くて女性っぽいものをよく選んでいました。でも店員さんたちは、私にそういう服をすすめてこないのです。

今ならわかります。パリのスタッフさんが言っていた通り、好きと似合うは違う場合がある。センスがよい人はその「好きと似合う」が近いのですが、私はまだまだそこに至ってなかったのです。モデルの場合、自分に似合うものを知っているかどうかで評価の半分が決まると言っても過言ではありません。服に魂を吹き込む仕事である以上、服への理解と自分への理解が少ないモデルさんにとっては厳しい世界です。何度オーディションを受けても、それでは合格は難しいでしょう。

私の場合、ショーモデルのなかではダントツに背が小さく、どちらかというと体型も豊満なタイプだったので、特に自分を知った服選びが必要だったんですね。若い頃は誰もが自分の好きな恰好をしたいものですが、モデルとして自分が目指す場所に行きたいなら、シンプルで安い服だったとしても、似合うものを着なくてはいけない。そのセオリーを身をもって理解してから、自分の“好き”は捨てました。

自分はこれでないと似合わない、などの思い込みも捨て、素敵だなと思う人に意見を聞いて回った 『ポジティブ日めくりカレンダー 毎日アン ミカ』より

「裏大阪コレクション」で活躍

この頃に出会ったのが、関西のファッション界で知らない人はいない、服飾関係の会社を経営するAさんです。彼は私のことを、よく「あなたは顔が面白い。それに小柄だけど体型のバランスがいいから、自分を知ればもっといいモデルになれるよ」と励ましてくれました。Aさんと出会ったことで、この後、私の運命は大きく変わっていくことになります。

当時、大阪でも東京と同じように「大阪コレクション」というショーが開かれていて、関西のモデルは、このショーに出演することを一つの目標にしていました。でも私は事務所に所属していなかっため、そもそもオーディションに呼んでもらうことすら難しいわけです。

一方、Aさんが開催していたのは、大阪コレクションに落ちたモデルを集めての「裏大阪コレクション」。東京のデザイナーさんたちを招いて、本家の大阪コレクションより豪華でかっこいいショーを、大きなディスコでやっていたのです。私もAさんにお声がけいただき、そのショーに参加することになりました。

Aさんに「あなたはダンスもできるし、表現力のあるウォーキングもできるから」と言われた私。ショーの当日は「ミス裏コレクション」というタスキをかけ、白鳥の羽根をまとって顔にパウダーをはたきながら、ランウェイを歩きました。Aさんは私に、楽しいミュージカル仕立ての役を与えてくれたのです。

そういったアンダーグラウンドのショーに出たり、Aさんがあちこちのデザイナーさんに紹介してくださったりしたおかげで、少しずつ私のチャンスも広がっていきました。でも、まだまだモデル業だけで生活できるほどの収入はなく、主な収入源はアルバイト。バイト先の先輩がお下がりの服をくれるなど周囲の助けもあり、何とか日々を過ごしていたのです。

衣装協力/ADORE  abiste 
スタイリング/加藤万紀子  ヘアメイク/ K.Furumoto【&’s management】
構成・文/上田恵子