「亡くなった人はここにいる」…震災被災地の「霊的体験」が私たちに教えてくれること

「多死社会」へのヒント

東日本大震災の被災地で、「幽霊」体験が伝えられるようになってから久しい。震災直後は、「幽霊」話を興味本位で拡散するなんて「不謹慎」だという雰囲気が漂っていた。しかし今では、この種の体験を取り上げた本が何冊か出ている。話題としては新しくない。もはや被災地の霊的体験は、物珍しげに読む対象ではない。それをより学問的に追究し、後世に引き継ぐフェイズに、私たちの社会は入っている。このような問題意識のもと、私が研究者仲間の高橋原とまとめたのが、『死者の力──津波被災地「霊的体験」の死生学』(岩波書店刊)である。

新型コロナウイルス感染症によって、日本では1万を超える人が亡くなっている。世界一の超高齢社会である日本は、これから数十年にわたって「多死社会」を経験する。大量に発生する死者をどのように包摂するのか。それをなしえないとき、私たちの社会はどうなるのか。そのヒントが、被災地の霊的体験から得られると、私は考えている。

 

被災地で出会った霊的体験

震災後、私はまずボランティアとして被災地におもむいた。そのなかで関わりを深めた岩手県のA市で、七夕祭りの復興のお手伝いをすることになった。そこで準備を仕切っていたのが、塞翁さんという男性(ニックネームの仮名、当時53歳)である。彼は幼い頃から「霊が見える人」だった。私が宗教学者だと知ると、塞翁さんは次のような話を語り始めた。

震災後まもなくは、小学校の体育館に遺体を安置していた。学校の別の建物には多くの人が寝泊まりしていた。やがて遺体が火葬され、体育館から遺体がなくなった。その頃から霊の話が出るようになった。「塞翁さん、見えるんだからこっち来てよ」と言われる。「見えるから行きたくないのに」と思いながら行くと、やはり霊が見える。しばらくして夢を見た。亡くなった人たちが海の方へ歩いて行く夢である。海には白い光が見え、そこに吸い込まれてゆく。同じ夢を見た人が一〇人くらい出た。それを境に霊は出なくなった(二〇一二年六月一六日談)。

ここには海上他界観(海の向こうにあの世があるという見方)が明確に読み取れる。遺体が火葬され、行き場をなくした霊が、海の彼方の白い光に導かれたという話である。しかも、それを複数の被災者が夢で見たという。ただ、怖いだけの怪談と違って、どこかしみじみとする、それでいて壮大な世界観をうかがわせる話だ。

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