自分なりに考える

私とまりまりが巨岩の下で話し込んでいると、友達から「鼻血出てるよ」と指摘された子が近寄ってきて「ティッシュもってない?」と言いました。私は本当はティッシュをもっているのですが、まりまりの反応を見ました。まりまりはないと言います。その子は目をしばしばとまばたきします。まだ入園したばかりの子で勝手がわからないようです。
 
鼻血はすでに止まって固まっています。でも、鼻の中がむずむずして気持ち悪いのでしょう。「鼻血をとりたいんだけど……」と言われても、まりまりは「ふーん、鼻血をとりたいんだぁ」とくり返すだけです。困ったその子は私を見ましたが、私も「ごめんね、ないんだ」と言いました。噓ですから、ちょっと心が痛みました。男の子はあきらめて行ってしまいましたが、結局、固まった鼻血が混じった鼻水を袖で拭っていました。自分なりに考えたんでしょう。
 
ちなみにそのあとその子はやまちゃんのところに行ってティッシュをゲットしていましたので、まりまりの対応がまるたんぼうとしての統一見解ではありません。でも、全体的に結構こういうドライな距離感なのです。まるたんぼうを見学して、日本の森のようちえんの一つの「極」だなと感じました。

撮影/おおたとしまさ
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付属小学校のサドベリー教育

実はまるたんぼうには付属小学校「新田サドベリースクール」があります。その小学校では、サドベリー教育というユニークな教育法を取り入れています。アメリカ的個人主義を突き詰めたような、最も大人がお節介を焼かない教育スタイルです。それがまるたんぼう流と最も理念的に近いのでしょう。

沢をあとにして、さらに森の中を進みます。もうどこから来てどこに向かっているのか、私にはさっぱりわからなくなりました。いまみんなとはぐれたら遭難です。でも、子どもたちには自分たちの現在地がちゃんとわかっているのだそうです。まりまりが言います。

「イベント的に森のようちえんをやることと、うちみたいに毎日森の中ですごすことはやっぱりぜんぜん意味合いが違います。私は東京からの移住組なんですけど、最初にここで体験イベントに参加したときに先輩のお母さんに言われたんです。体験と毎日とではぜんぜん違うよって。実際に入ってみたらそのとおりだなと思いました。子どもたちはこの森の全体を把握していて、遭難なんてしません。すごくないですか?」

子どもたちの小さな頭の中に、この広大な森の全体が、収まっているのです。子どもたちは草木のこともよく知っています。「あ、ここにマムシの葉っぱがあるから気をつけて」と子どもが教えてくれました。汁がつくと皮膚がただれてしまう毒草です。「あ、カタバミあった!」と言ってむしゃむしゃ葉っぱを食べた子もいます。「これ、すごくいい匂いがするよ」と言って、手で揉んだ草を嗅がせてくれた子もいます。爽やかな香りでした。