「森のようちえん」という幼児教育のスタイルを知っているだろうか。ざっくりいうならば、自然のなかで子どもたちを自由に遊ばせるスタイルの幼児教育・保育のムーブメントだ。この場合の自然には、里山、川、海、都市公園なども含まれる。自主保育で森のようちえんしている子育てサークルもあれば、認可幼稚園や保育園が森のようちえんすることもある。モンテッソーリ教育やシュタイナー教育、イエナプラン教育などと並び称され、改めて注目を集めているのだ。

この短期連載では、その新しいムーブメントの現場を取材、魅力と課題を分析した『ルポ森のようちえん』を上梓した教育ジャーナリストのおおたとしまささんが、本書から抜粋の上再構成。東は埼玉県から西は鳥取県まで、3つの森のようちえんをレポートする。第3回は、鳥取県の「智頭町森のようちえん まるたんぼう」を訪れる。

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世界にその名を轟かせた伝説の「森のようちえん」

林業に従事していた西村早栄子さん夫婦は、豊かな森に誘われ、鳥取県は智頭町に移住しました。デンマークの森の幼稚園を知っていた西村さんは、2008年3月に「智頭町に森のようちえんをつくる会」を結成します。そして、町おこしのために始まった「智頭町百人委員会」でビジョンを訴え、予算化にこぎつけるのです。

これが注目され、山陰中央テレビが「自然のふところで〜森のようちえんまるたんぼう流〜」というドキュメンタリー番組を制作します。その番組がなんと「ギャラクシー賞」を獲得し、2012年には全世界で放送されました。同年、NHK鳥取放送局による番組も全国放送されました。つまり、まるたんぼうは、現在の森のようちえん旋風の発信地といっても過言ではありません。

西村さんは、「まるたんぼうは『本気の森で本気で遊ぶ』をキャッチコピーにしています。ワイルドなフィールドをぜひ見に来てほしい」と誘ってくれました。結論から言います。今回取材した森のようちえんのフィールドのなかでは、まるたんぼうのフィールドが間違いなく最もワイルドです。

ここまで道なき道を行く森のようちえんはほかにありませんでした。スタッフのまりまりは「ときどきほかの森のようちえんと合同でおさんぽ会をすることがあるのですが、おさんぽの仕方が違ってびっくりすることがあります」と証言します。おそらくびっくりしているのは向こうのほうでしょう。

道なき道を自分で選んで進む

9時、町の広場で集合して園バスで森に向かいます。森の縁で朝の会。参加者は10人です。スタッフのやまちゃんがぽろりんとギターを弾いて子どもたちの歌と動きに効果音をつけます。やまちゃんは生粋の智頭町男児です。

結構あっさりと朝の会を終えて、いきなり森の中に分け入ります。道なんてありません。「岩に行こう」という申し合わせだけあって、あとはスタッフの目の届く範囲で子どもたちは木々の間の好きなところをそれぞれに歩きます。足を滑らしたらどこまでも転がり落ちてしまいそうな結構な斜面を横切るときも、特に怖がる様子もなく、駆け抜けるように進んでいきます。雨は降っていませんが、全員長靴。マムシ対策です。

撮影/おおたとしまさ

10分ほど行くと、巨岩が鎮座する沢に出ました。子どもたちは急な斜面をものともせず、それぞれに自分でルートを選んでバラバラに川まで降りていきます。他人のことなんて気にしないで、自分の進むべき道は自分で選ぶ態度が、当たり前のこととして子どもたちに染みついているのです。

撮影/おおたとしまさ

「選ぶ」といっても、意識的に思考して選んでいるわけではありません。目の前の状況を瞬時にスキャンして、自分の目的と能力との兼ね合いから、自分の通るべきルートが自おのずと浮かび上がってくる能力が備わっているのだと思います。
 
人生といっしょだと思いました。かつては「ここを通っていればまず安心」という”王道”が存在した時代もあったのかもしれません。いい学校を出ていい会社に入って問題を起こさずに大人しくやっていれば、マイカーが買えてマイホームが買えて子どもを大学まで通わせることができて……みたいな。でもこれからの社会では、そういう道筋はなくなるので、自分らしい道を自分で選ばなければいけなくなります。それって、森の中の道なき道を行くのとまったく同じですよね。
 
単なるたとえ話ではなくて、幼いころから森の中を歩いていると、人生においても自分で自分の進むべき道をさっと見出す能力が身につくのではないかという気がします。