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夫の定年退職を機に引っ越したところがたまたまこの環境でした。こちらでも子どもを集めて何かできないかなぁなんて考えていたときに、石亀泰郎さんの『さあ 森のようちえんへ』という写真集でデンマークの野外保育を知って、保育者と子どもがいれば保育は成り立つんだと気づきました。
 
こんな田舎暮らしは私も初めてだったんです。家のまわりのたんぼにお米がたわわに実っているのを見て、雷に打たれたような衝撃を受けて、「大変だ!」と思ったんですよ。私、自分で食べるものを自分でつくれない。その事実を初めて実感したんですね。
 
かたや、村のひとたちの生活は力強くて美しい。お米をつくるだけでなく、庭もうちの中もいつもきれいにしていて、ちょっとした小屋なんて、そのへんにある木を使って自分たちでぽんぽん立てちゃう。
 
私もそんな生活に憧れて、地元の地主さんに相談してみたところ、「30年間放ってあるたんぼがあるから見てみるか?」と言われて連れて行ってもらったのがさきほどのたんぼです。大っきな松の木なんかが生えててまるで原野でしたけど、「ここだ!」って思っちゃったんですよ。そこから開墾です。

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お米をつくるだけじゃもったいない!

水を入れるとあっという間に水生昆虫がバンバン湧いてきました。たんぼの生命力に圧倒され、「お米をつくるだけじゃもったいない。この場所に子どもを預けたい。ここでようちえんをやろう!」と思うようになりました。それが森の風こども園の生い立ちです。2005年から2007年にかけてのことです。

撮影/おおたとしまさ

おおたさんがさっき「里山のようちえん」と言ってくれましたけれど、まさに日本は里の文化だと思うんですよ。森の文化ではない。その里の文化のなかに生活があるわけで、その生活をなぞろうと思ったわけです。
 
うっそうと生い茂っていた笹を刈って、そこで本を読んでいたら、地元のおじさんがやってきて、「あんたここで雇われたんかい?」って私の顔を覗き込むんです。「いいえ。ここでようちえんをやろうと思うんです」って話をしたら、「子どもはこうやって育てなきゃいかん」って、だーっと一方的にしゃべりだしました。
 
でもそのおっしゃることが、いまだに私にはちゃんと言語化できないんですけど、そのひとのからだから出てきたことばなんですね。生活のなかで培われた本当のことば、生きてることばを聞いて、太刀打ちできないと思いました。「そういうふうに子どもたちを育てたいんです」って私が答えると「そりゃいい」って言って、おじさんは歩いて行きました。地元の普通のおじさんですよ。
 
農家の方がこんなことも言っていました。「震災のあと、絆が大切だって言われるけど、そんなの俺ら、昔からあったさ。こいつら(稲)しゃべれない。しゃべれるひと同士のコミュニケーションができなくて、なんでお米の気持ちがわかるもんか」って。

石亀さんの写真集を見て、自然のなかでキノコを集めたり草木でままごとしたりできたらいいなと最初は思っていましたけど、ここでようちえんをやる意味はそんなもんじゃないわって。これからの時代を生きるヒントがここにあるという気がしてきました。