「森のようちえん」という幼児教育のスタイルを知っているだろうか。ざっくりいうならば、自然のなかで子どもたちを自由に遊ばせるスタイルの幼児教育・保育のムーブメントだ。この場合の自然には、里山、川、海、都市公園なども含まれる。自主保育で「森のようちえんしている」子育てサークルもあれば、認可幼稚園や保育園が「森のようちえんする」こともある。モンテッソーリ教育やシュタイナー教育、イエナプラン教育などと並び称され、改めて注目を集めているのだ。

この短期連載では、その新しいムーブメントの現場を取材、魅力と課題を分析した『ルポ森のようちえん』を上梓した教育ジャーナリストのおおたとしまささんが、本書から抜粋の上再構成。東は埼玉県から西は鳥取県まで、3つの森のようちえんをレポートする。第1回は、三重県の「森の風こども園」にうかがう。

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里山の風景の中での子どもの遊び

三重県の近鉄四日市駅から湯の山線でのどかな田園風景を揺られること約30分。終点の湯の山温泉駅に着きました。「森の風こども園」(以下、森の風)に向かいます。新築の園舎はあるのですが、この日の活動予定は、園が所有するたんぼでの現地集合・現地解散。私もたんぼに向かいます。

緑の谷間に、たんぼがあり、草むらがあり、竹藪があり、小川が流れています。「森のようちえん」というよりは「里山のようちえん」です。たんぼの脇の物置小屋以外、視界の中には人工建造物がほとんどありません。もちろん遊具なんていっさいありませんが、草むらには土管が一つ転がっています。

撮影/おおたとしまさ

これだけ環境が多様だと、遊びも多様です。土管はキッチンになり、使い古された本物のフライパンにちぎった葉っぱを大量に入れて、チャーハンか何かを調理中です。フライパンを握る子がまわりの子に、「水をもってきて!」とか、「もっと葉っぱをもってきて!」とか指示をして、まわりの子たちも「はい!」と言って従います。土管の中に潜り込み、ただニタニタ笑ってみんなの様子を眺めている子もいます。

草むらでは、虫取り網を持った子が2人。バッタやチョウチョを追いかけます。小川には、水生生物を探す裸足の子たちが3〜4人。そしてたんぼでは、なぜか水中めがねをした子たちがこれまた3〜4人、ずぶずぶと膝上まで泥に浸かっておおはしゃぎ。たんぼで静かに暮らしていたミズスマシが「何事か!」と慌てて身を隠します。
 
一方、ブルーシートの上では3〜4人の子たちが、前日に収穫した実エンドウの皮をむいていました。細かい作業に没入しています。「ぜんぶむいて」と命じられたらすぐに飽きてしまう作業でしょうが、一人がむき出したらまわりもつられて勝手にむき出したとのこと。むいた豆のさやに、小さなお花を詰めて、かわいらしいアートにしている子もいました。小さな子どもの掌よりも小さな豆のさやの中に、まるで小宇宙があるようです。

たんぼのあぜに生えているスイバという植物の茎をかじっている子どもたちがいました。爽やかな酸味があります。竹藪には、ハチクという細いタケノコが生えていました。子どもたちはその根元を踏んで折って収穫します。

長く園長をつとめて抱いた危機感

子どもたちの様子を眺めながら園長の嘉成頼子さんは、「技としての好奇心が詰まったからだを育てたいんですよね」とつぶやきます。

嘉成さんは長く四日市の幼稚園の園長を務めていました。20世紀末ごろからいのちの感覚の薄れを痛感し、大人の知識の切り売りや小手先の教育技術では間に合わないという危機感が募ったと、当時を振り返ります。
 
そこで思いついたのが、園庭に森をつくり小川を流すことでした。『森をつくった校長』(山之内義一郎著)という本を読んで、自分もこれをやってみようと発想したのです。固定遊具を撤去し、平らだった園庭に築山をつくって草木を植え、井戸まで掘って小川を流しました。それだけで子どもたちの様子が明らかに変わったといいます。
 
しかしなぜ里山に新しいようちえんをつくることになったのか。穏やかなれど覚悟がにじみ出る語り口で、嘉成さんが話してくれました。以下、嘉成さんの語り。