ただし、この2人の研究者は途中で人が倒れている、という設定も用意しておいたが、学生はそのことを事前に知らされていない。さあ、弱者救済を夢見て勉学に励んでいる神学生たちは、はたして困っている人を助けるのか? それとも、本末転倒にもミッションを優先してしまうのか?
この実験で分かったのは、急いでいる人は、どんなに徳が高い善人でも他人を助けないことがある、ということだ。実は、ダーリーとバトソンは一部の神学生に「あなたは遅刻している。会場で人が待っているから急いだほうがよい」と伝え、他の学生グループには「まだ時間はあるけれど、すぐ向かったほうがよい」と伝えていた。

結果、まだ数分の余裕があったグループで立ち止まって人助けをしたのは63%だったが、急がないといけなかったグループで立ち止まったのは10%ほどでしかなかった。現代の日本人も、忙しすぎて、本当は助けたいのに助けないだけなのかもしれない。
しかし、残念ながら、そうではない。善人の日本人が他人を助けないことには、他の構造的な要因もある、というのが『やさしくない国ニッポンの政治経済学』の一つの主張である。
無条件で「やさしい国民だ」とは言い難い日本人。同時に『やさしくない国ニッポンの政治経済学』では、日本人に起こっている「もう一つの変化」についても指摘している。【後編】『日本人、「他人にやさしくない」うえに「貧乏」になってきていた…!』では、どんどん貧しくなっている日本人の実態について各種データを参照しつつ見ていきたい。