27歳でギャルサー、29歳でNSCに入学

――短大を卒業してからのご自身について教えてください。

短大のときにアルバイトしていた大好きなテーマパークに27歳まで勤めました。ただ、雑誌の表紙になっていた益若つばさちゃんを見て大ファンになってしまって。

もともとギャルにすごく興味はあったんですが、太っていることとか、そういうコンプレックスもあって、私はギャルにはなれないんじゃないかと思っていたんです。

でも、つばさちゃんを見て、「こうなりたい!」と強く思って。そこから後輩と一緒にダイエットを始めて、私はギャルサー(ギャルのサークル)にも入りました。

――益若さんみたいになりたいと思って、ダイエットを始めたんですか!

つばさちゃんのイベントにも行ったりしてたんですが、たまたまそのときのブログに写っていた自分のうしろ姿を見て、これじゃダメだと思って、痩せました。同時に、「渋谷109のショップ店員になりたい!」と思って、テーマパークの仕事を辞めて。でも、ショップ店員になるには年齢制限があってダメだったんです。そんなことも調べずに、勢いで突っ走ってしまって。うふふ。

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――結局、お仕事はどうされたんですか。

そのタイミングで、今度は新大久保にはまり始めちゃって。韓流です。それで、せっかく痩せたのに、また元に戻っちゃったんです。結局、仕事には就かずに、貯金を切り崩したり、おじいちゃんや弟からお金を借りたりして生活していました。

韓国語を勉強し始めたのもその頃です。一日暇だから、本当にずっと勉強していました。英語のときの苦い経験を繰り返さないように、文法だけでなく、なるべく会話するようにしたりして、自力で検定にも合格しました。今は英語より韓国語のほうが得意。8年勉強した英語より、自力で1年勉強した韓国語のほうができると思います。

そのころ、また別の友達が教えてくれたアニメ『薄桜鬼』にはまってしまいました。浅草の今戸神社が沖田総司さんの終焉の地と言われていて、同じ景色を見たいと遊びに行ったら、島田秀平さんがロケをされていたんです。そこで手相を見てもらったら「人気者になるよ」と言われて、NSC(吉本総合芸能学院)に入学しました。あれがなかったら、たぶん、芸人にはなってないと思います。

――なぜ「人気者=芸人」だったのですか。

そうなんですよねえ。お笑いのことはあまり知らなかったんですけど、私で人気者といったら、お笑い芸人かしら、と思いこんじゃったんです。

――29歳でNSC入学することに抵抗はなかったのですか。

なんとも思わなかったですね。そもそも、ギャルサーに入っていたときも27歳で、10歳下の子たちと普通に遊んでいましたから。周りの目って、本当に気にしてないんです。