ボストンとNYの往復、吉野家の牛丼の思い出

彼女は、バークリー音楽院のあるボストンで4年間を過ごし、それから拠点をニューヨークに移した。バークリーを卒業した年である2003年にデビューアルバム「アナザー・マインド」をリリースし、アルバムはジャズのレーベルとしては異例の20万枚に迫るヒットとなった。その年は、ニューヨークとボストンの往復のみならず、片道5時間かけて音楽フェスティバルに出演し、演奏してその日のうちにボストンに帰るような強行スケジュールを組むことも少なく無かった。楽屋も大部屋だったが、ジャズプレーヤーは男性が大半。上原さんは、トイレで着替えることも珍しくなかった。

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「小さなコンパクトケースを、舞台袖のドラムケースの上に置いてメイクすることもしょっちゅうでした。でも、大変だと思ったことは一度もないです。ずっと楽しかった。ただその頃、あるドキュメンタリー番組で、私がニューヨークで演奏を終えて、深夜の高速バスで帰るときのことを映したシーンがありました。私は、バス停で座って大好物の吉野家の牛丼を食べていました。ボストンにいると、牛丼ってあんまり食べられないんですよ。ニューヨークだと吉野家があるから、私にとって、演奏の後に牛丼が食べられることはすごく幸せなことだった。でも、そのとき、なぜかバックにすごく寂しい音楽が流れて……。それを観ていろんな人から、『苦労して、大変ね』と言われました(笑)。大好きな牛丼が食べられて、演奏も楽しくて、私は最高に満足していたのに、なぜかその映像からはつらい状況で頑張っているように見えてしまったんでしょうね。そのとき、私は、自分がそれまで感じていたのと少し違う意味で“音楽の力ってすごい”と感じました(笑)」

Photo by Aya Kishimoto

◇こうして「好き」が広がっていき、世界的なピアニストとして世に羽ばたいた上原ひろみさん。NYに拠点をもち、世界中でライブやコンサートを行う日々が続いていた。そこに襲ったのが新型コロナの猛威だった。音楽業界全体が路頭に迷うかもしれない――そんな不安を抱えた上原さんがとった行動を、後編「コロナですべて公演キャンセル…世界中でピアノを弾いてきた上原ひろみの決断」にて詳しくお伝えする。

上原ひろみ ザ・ピアノ・クインテット
「シルヴァー・ライニング・スイート」
ブルーノート東京でのライブ企画「SAVE LIVE MUSIC」の第2弾として編成された、新日本フィルハーモニー交響楽団のコンサート・マスター西江辰郎を中心とする弦楽四重奏との共演。2020年のコロナ禍の自粛期間中に書き下ろした4パートからなる組曲「シルヴァー・ライニング・スイート」を筆頭に、自身のSNS企画「One Minute Portrait」で発表した楽曲、他に過去のオリジナル曲をこのプロジェクトのために新たに編曲し収録。ユニバーサルミュージックより発売中