2500万で「軽井沢の別荘」を買って大後悔した、元エリート商社マンの悲惨な老後

「負動産」になってしまった…
小島 拓 プロフィール

「当時、不動産は買えば買うほど値上がりしていきましたからね。将来は心強い資産になると思って、子どものどちらかに相続してもらえたら、と……」

後に、実はこれが大誤算だったことがわかる。利益が出る不動産は「富動産」とも呼ばれるが、バブル崩壊後は不動産の評価額が全国的に下がり、特に別荘は維持費の負担が重いため、今の子世代にとっては「負動産」なのだ。

退職を機に、念願の別荘ライフがスタート

バブルが崩壊した後もエリートサラリーマンとして順調に出世を果たし、寺田さんは60歳で定年退職を迎えた。五大商社の事業部長を務めただけあって退職時の年収は約2500万円。それまでの蓄えと目白のマイホームの売却金、退職金を老後資金として、別荘で快適に暮らせるように水回りをリフォームし、夫婦2人の念願であった別荘でのセカンドライフをスタートさせた。

「子どもたちもそれぞれ独立しましたし、これからは自然豊かな環境で“妻孝行”をしたいな、と。庭の一角に菜園とテラス、ピザ窯を作ったんです。採れたてのトマトとルッコラを乗せた自家製ピザは妻の大好物でした。

草花が大好きだった妻はフラワーアレンジメントもプロ並みで、近所の奥さん方に教えたりして、ちょっとしたサロンのようでしたね。思い描いていた以上の、夢のような暮らしでした」

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軽井沢の別荘で、妻とともに念願のセカンドライフをスタートさせた寺田さん。しかし予想外の出来事が起こり、別荘を「手放したくとも手放せない」状態に陥ってしまう……。寺田さんを襲った予期せぬ事態については、【後編】『「軽井沢の別荘」を買って家族が「バラバラ」になった、元商社マンの悲しい末路』をご覧いただきたい。

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