気持ちを「お金」で表現することへの違和感?

また、Aさんによると、YouTube以外のライブアプリで「ライバー」デビューし、仲間うちで「ウケる~」といいつつ少額を投げ銭し合う「遊び」に興じる男子中高生もいるのだという(ちなみに女子のライバーは「ライバーやってる」とはリアルの友達に話すものの、アカウントは教えないのだとか。男性のファン対象の営業スマイルは女友達に見られたくないらしい)。

こうしたプロとアマの境界線があいまいになっている状況で「投げ銭」というお金がやりとりされる状況を知ると、モヤモヤ度はさらに高まる。

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超合理的に好意や応援の「気持ち」をお金に変換して表現するやり方には無駄がなく、もらう方もあげるほうも納得しているなら問題がないのかもしれないが、これが当たり前になってしまうと、たとえば大好きな恋人から誕生日に物より現金をプレゼントされたほうが嬉しいと感じるようになるのだろうか。

贈る相手の趣味や欲しいものをあれこれ想像して、財布の中身と相談しつつ悩みまくりながらプレゼントを選ぶ(作る)楽しさや、思いのこもった(多少勘違いはあっても)選んでくれたものをもらう喜びを味わえるのは、若い時代の特権のような気もする。

「YouTuberやアイドルとリア友は違うよ。仲間うちで投げ銭し合うのは、たぶんライバーごっこの演出で、普段の友達付き合いでは当たり前にはなんないと思う。それに小遣いは『自分の好きなものに使っていい』って母さんも言ってるじゃん。自分が推してるYouTuberも喜んで、投げる友達も嬉しいなら、俺はスパチャも意味あるお金の使い方だと思うけど? 

とくにライブアプリの投げ銭なんて、画面にハートがぶわーっと舞い散るとか、ゲームの有料エフェクトアイテムとほぼかわんないし。本人が納得してればいいんじゃない? 俺? 俺はマンガ買うから、小遣いを投げ銭に使う余裕はないけどさ」(息子) 

やはり感覚が世代で大きく違うのだろうか。お金のやり取りの感覚自体が変化してきている?

合理的ではあるが、気持ちもすべて「お金」で解決するやり方を10代から教えていいのか…。photo/iSotck

「うーん、それでもモヤモヤするんだよ」と小声になる私。
形勢はかなり不利である。

しかしながら、投げ銭を受け取る側のYouTuberの中にも、最近、あえてスパチャを選択しない人や、スパチャ機能を使うのをやめたという人もいる。彼らも何かしらの違和感を覚えたに違いない。一体その正体はなんなのか……。

自分でも説明できないこのモヤモヤ、しばらく悩むことになりそうだ。