2021.10.12
# 気象 # 環境

「眞鍋さんは科学の枠組みをも超えた」古気候学の第一人者が語る本当の業績

山根一眞の緊急インタビュー

2021年のノーベル物理学賞は、眞鍋淑郎さんら3人が受賞しました。

眞鍋さんの業績は、その受賞理由「地球温暖化を予測する地球気候モデルの開発」からわかるとおり、未来の気候の予測・解明です。受賞の報道では、CO2増加による気温上昇を予測した功績ばかりが大きく伝えられていました。しかし、眞鍋さんの業績はもっと大きく、気候学に、さらには地質学にまでシミュレーションという新しい科学の世界を拓いたことにあります。

私は今、福井県若狭町にある年縞博物館に関わっているのですが、ここでは過去の気候(古気候)を知るためのサンプルである「年縞」と呼ばれる地層を展示しています。博物館が位置する三方五湖のひとつ、水月湖の湖底から採取されたこの年縞が、過去数万年の気候を詳細に解き明かしつつあるのです。そして、じつはこの古気候学の研究は、眞鍋さんのお仕事ともとても深い関係があります。

今回は、眞鍋さんの業績が科学の世界にいかに大きな影響を及ぼしたか、立命館大学古気候学研究センター長の中川毅さんに話を聞きました。中川さんは、福井県水月湖の年縞を用い、年代測定の世界標準を打ち立てた古気候学の第一人者です。

このインタビューの模様は動画でもご覧いただけます(https://youtu.be/f4_lR3Gk5Tk)。動画では詳しい映像資料なども紹介しています(本記事掲載のインタビューは2分30秒ごろから)。

眞鍋先生の物理学賞、これほど順当な受賞はない

山根一眞(以下、山根) 眞鍋淑郎先生は、気候変動のシミュレー ションで多大な成果をあげた方ですが、ノーベル賞の 「物理学賞」という、これまでの「物理学賞」のジャンルを大きく超えての意外性が話題になっていますね。

中川毅(以下、中川) 最初は驚いたんですよ。日本人で物理学賞を受賞しそうな人として取り上げられたことはまったくなかった人だと思います。もちろん、私はほぼ同業者ですので、眞鍋先生の仕事はずいぶん前から存じ上げていました。しかし、眞鍋先生がノーベル賞を取られたと聞いて、こんなに順当な受賞はないんじゃないかと思える、それくらい衝撃的な、いい意味で衝撃的なニュースでした。

眞鍋先生の業績とノーベル賞委員会の見識の両方に深い敬意を感じます。

中川 毅さん(写真・山根一眞)

立命館大学古気候学研究センター長 中川 毅

1968年、東京都生まれ。1992年、京都大学理学部卒業。1998年、エクス・マルセイユ第三大学(フランス)博士課程修了。Docteur en Sciences(理学博士)。国際日本文化研究センター助手、ニューカッスル大学(英国)教授などを経て、現在は立命館大学古気候学研究センター長。専攻は古気候学、地質年代学。趣味はオリジナル実験機器の発明。主に年縞堆積物の花粉分析を通して、過去の気候変動の「タイミング」と「スピード」を解明することをめざしている。

著書『人類と気候の10万年史 過去に何が起きたのか、これから何が起こるのか』(ブルーバックス、第33回講談社科学出版賞)ほか。

山根 科学は、理論と実験が柱でしたが、それに新しい手法としてシミュレーションが加わり、「第3の科学」と言われるようになって久しいです。そういう点から眞鍋さんの受賞は、今日的なサイエンスらしさだな、と感じています。

中川 サイエンスらしさっていろいろあると思うんですけれども、私たち古気候学者は、岩石とか化石とかそういう証拠を使って過去のことを解き明かす仕事です。眞鍋先生はそれとは全く違って、コンピューターを使って現実に存在しない世界であったり、過去に存在した世界であったり、未来に存在するかもしれない世界であったり、そういったものを研究する技術をゼロから作り上げた人です。

今私たちが見ることができる世界というのは、現代しかないんですけれども、科学の対象っていうのは、時間軸を過去から未来に行ったり来たりすることがある。ある種のタイムマシーンを作った、そんな功績だと思っています。

山根 眞鍋先生が拓いたシミュレーション科学は、「未来」を予測する科学。一方で、中川さんが取り組んできた年縞による古気候学は「過去」を解き明かす科学。両者には、どんな関連がありますか?

【写真】眞鍋淑郎さん眞鍋淑郎さん。ノーベル物理学賞受賞後の記者会見で photo by gettyimages

中川 眞鍋先生のご研究は、コンピューターの中で世界を再現するっていう方法ですが、それが現在であっても過去であっても未来があっても、どこでも行けちゃうんですよ。なので自由度がとても高いですね。

ただ、実際に過去のことを計算してみて、あるいは未来のことを計算してみて、それが本当に合っているのか、本当にそのシナリオを信じていいのか、それをもとに次の行動を起こすべきかどうかは考えなければならない。このとき、計算が本当に合っているかどうかを確かめる方法は、現実の世界と比べることです。

未来の世界を現実の世界と比べることはできないので、できるのは現在と過去だけなんですね。眞鍋先生もそのことはとてもよくわかっていらっしゃった。だから、過去に起こったと言われている、今からは想像もつかないようなある大きな変動をコンピュータ上で計算させて、地質学者が持ってくる実際に岩石に記録された過去の記録と合うかどうか、ということを検証されたんですね。この研究で、眞鍋先生は世界的に注目されることになりました。

2つの学問分野の間の橋をどう渡すかということまで視野に入れてらっしゃった、本当に偉大な人だと思います。

山根 眞鍋先生が拓いたシミュレーションという方法は、地質学者が取り組んできた古気候学とどんな感じですり合わされてきたのか、その整合での課題は何でしょう?

中川 眞鍋先生の起こされた波というのが本当に巨大でした。それだけに、気をつけなければいけないこともあります。シミュレーションでこういう結果が出る、私たち地質学者がこういう証拠を見つけてくる。この2つというのはある種独立に行われていて、そしてそれぞれが自分の結果にすり合わせて参照するみたいなのがおそらく健全な形だと思うんです。

しかし、シュミレーションというのは本当にもう巨大な勢力になってしまって、私たちが、たとえば地質学的な証拠を見つけてきて、こういうことが実際あったようだと発表しても、それはシミュレーションでちゃんと再現できるんですか、と聞かれてしまう。そういう時代になってきました。

ただこれは、眞鍋先生が悪いわけじゃなくて、そこは地質学者、私たちの方がもっと眞鍋先生のように頑張って、自分たちの役割、立ち位置のようなものをきちんと示していく必要があるんだと思います。

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