なぜ、大切なものごとは重なることが多いのだろうか。すごく大変な仕事の日に限って生理が早く来てしまったり、ようやくプロジェクトの企画が通ったと思った矢先に家族に問題ごとが起きたり……。台湾法人で社長業をつとめていた新垣りえさんにも、まさに人生の大きな転機が一気にやってきたという。

それが、
1)台湾からスイスへの赴任 
2)卵子提供での二度目の妊娠 

である。
コロナ禍で海外への赴任というだけで頭がクラクラしそうだ。

「え、卵子提供での二度目の妊娠って?」と思われる方も少なくないだろう。そう、新垣さんは、37歳から3年もの不妊治療を経て、台湾で卵子提供により第一子を出産しているのだ。その経緯も以前細かく連載にて伝えてくれているので、詳細はそちらに譲るが、つまり今回は子連れでの新たな国への赴任と出産とが重なったことになる。
台湾での育児と仕事の両立は、「母親は出産・育児で他人の力を頼って当たり前」という台湾の育児環境に支えられたという(それについても「他人力育児」という連載で詳細を伝えてくれている)。

では台湾のいたれりつくせりとはまた違うスイスで子連れの妊婦として、コロナ禍をいったいどのように乗り切ったのか。短期集中連載にてお伝えいただく。

登場人物:
新垣りえさん/43歳。台湾法人の社長業をつとめていたが、新たな会社のスイス法人への赴任が決まる。

夫/38歳。ウェブデザイナー&アートディレクター。自称「ゆるふわ自営業」とのこと

息子くん/2019年11月生まれ

ナニーさん/台湾ではナニーさんがいるのが当然の環境だった。台湾でお世話になっていたフィリピン人のダビさんにつづき、スイスではドイツ人のネットさんにお願いすることに。
新垣りえさん連載「卵子提供」「他人力育児」今までの記事を読みたい方はこちら

マンガ/すぎうらゆう

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卵子提供での不妊治療を再び

「当院に凍結保存してある9個の受精卵の保存期限が近づいています。1年間の期間延長を希望される場合は、今月末までに返信の上、入金手続きを済ませてください」

台湾でお世話になった不妊治療専門医院から、昨年11月末にこんなメールが届きました。私の年齢的にも第二子を欲しいならばあまり迷っている時間はないと思いながらも、翌年1月には私の仕事の関係で、夫と1歳の息子と一緒に台湾からスイスに赴任することが決まっていたので、凍結卵を移植するかどうか決めかねていたのです。このメールを受けて、いよいよ腹を決めなければと思いました。

2019年11月に台湾で卵子提供を受けて息子を産み、台湾の現地法人で社長業をしながら育児をはじめました。2020年頭に、親会社が分社化することになり、その分社への転籍とスイスへの赴任を打診されました。スイスに住める機会などそうそうないし、スイスなら子育てにも良い環境のはず! と超楽観的にオファーを受け、2021年の初めに赴任することになりました。

台湾に凍結保存してある受精卵は台湾でしか移植を受けることができないという決まりがあります。スイスに赴任して落ち着いてから再度台湾に短期で戻ってきて移植を受けるという選択肢があるにはあるのですが、このコロナ禍では両国の水際対策がいつどうなるか読めません。思い通りのタイミングで台湾に戻ってくることができないリスクがあることを考慮して、凍結卵を移植するならばスイスに赴任する前がベストと判断したのです。

幸いにして、昨年末に台湾を出る直前に受けた移植で妊娠することができ、今年1月末には無事スイスのルツェルンに家族+お腹の第二子と一緒に移住できました。ここから、海外生活であるがゆえの新たな挑戦と、コロナ禍ゆえの様々な難儀と、ワーキングママ&妊婦であるがゆえの課題に目まぐるしくぶつかりながら、今年8月末に第二子を出産しました。今回は、スイスでどのような生活をしていたかと日本での里帰り出産を決断した経緯をご紹介します。

マンガ/すぎうらゆう