手首のケガに大ショックも
京都の方の言葉に救われた…

しばらく経ってふと気づくと、右手首、親指の付け根あたりに痛みが走ります。炎の魅力と、嵐の中のサバイブに気をとられ気づかなかったのですが、注意はしていたもののやはり火の粉が私の手首に飛んできていたのです。よく見ると、傷口は直径1センチの円形。しかも1ミリの深さで、べろっと皮膚が剥けていたのです。

火祭ハイライトのひとつ。嵐の中でも鞍馬寺山門下に集まる炎の集合体は圧巻。撮影:秋尾沙戸子
-AD-

帰宅してから、患部にプロポリスの液体を塗って、氷水に手首をつけました。以前、料理の油が飛んだ時もハチのプロポリス液で治したことがあったからです。その後、火傷跡が残らないという触れ込みで試したことがあったラベンダーオイルを塗ってみたりもしました。

問題は剥がれた皮の厚さでした。松ヤニの温度は半端なく高く、小さな火の粉でも簡単に皮膚を焦がすのです。傷口を何かで覆えば乾かないし、傷口を風にあてようとそのままにすれば、どこかにあたって痛いのです。いや、何もしなくても痛みは続きました。ようやく傷口が乾いたのは数日後。幸い火傷の跡は残っておりません。ラベンダーが効いたのでしょうか。

火の粉はどこに降ってくるかわからない。祭を斎行している男たちは、どうしているのでしょう。上半身裸で松明を担ぐ彼らは祭のたびに何箇所か火傷を負うらしい。むしろ名誉の負傷、それが勲章なのだ、と後から聞きました。

さすがに私は勲章とは考えられず、「火傷に意味があるとすれば、何なのか」「炎に気を取られ隙があっただけなのか」「私が何かをしでかしてバチが当たったのか」「台風でも最初に本殿に参拝すべきだったか」「新参者として無礼があったか」などと悪い方に原因を探してしまい、次第に不安が募っていきました。そんな私に、京都の知人たちは、こんな風に言うのでした。

「火傷したん? ほな大丈夫や。それで厄落としされたわ」

京都人の魅力のひとつに、目に見えないものへのリスペクトがあります。自然や神仏に対して畏怖の念があるだけでなく、魑魅魍魎の存在をも認めて用心しながら上手に暮らしています。そんな中、私がまだわからないのが「厄落とし」という感覚。この場合、火の粉によって祓われたということか、火傷くらいで済んでよかったということなのか。それとも、この土地に受け入れられたということか。実際、京都人のこの解釈に私が救われたのは確かです。なんともポジティブな発想は、私の気持ちを明るくしてくれました。


四季折々の花鳥風月を愛でながら、一方で、節分では、「鬼」を排除するのではなく、居てもいいけど暴れないで、と受け入れる。祇園祭では「疫神」を悦ばせて川などに流す。先人の知恵を連綿とつないできた京都の人びとの、こうした考え方にどれほど励まされたことか。

日本の伝統文化を知れば女っぷりがあがると信じて京都人の営みを綴ってきた「アキオとアキコの京都女磨き」もこれで最終回となります。首都圏での日々に忙殺されてふと疑問を抱いたら、この連載を読み返して京都に足をお運びくださいませね。

言葉を尽くしても伝わりにくいのが京都であり、日本の伝統文化です。けれど実際に「京都という場所」に一瞬でも身を委ねたら、見えている景色も変わるはず。目まぐるしく変化する東京とは別の時間軸で続いてきた京都の伝統行事に接することで、何かしら気づきがあり、前向きに生きる勇気が湧くと確信しています。
1年間、ありがとうございました。

illustration/東村アキコ

文/秋尾沙戸子
名古屋生まれ、東京育ち、のち京都暮らし。サントリー宣伝部を経て、NHK「ナイトジャーナル」キャスターや情報番組コメンテーターとして活躍。著書に『ワシントンハイツ:GHQが東京に刻んだ戦後』(新潮文庫、第58回日本エッセイスト・クラブ賞)、『運命の長女』(第12回アジア・太平洋賞特別賞)、『スウィング・ジャパン』『渋谷の秘密』など。

イラスト/東村アキコ
1975年生まれ。漫画家。宮崎県出身。1999年『ぶ~けデラックス』NEW YEAR増刊にて『フルーツこうもり』でデビュー。『ひまわりっ~健一レジェンド?』『ママはテンパリスト』、『海月姫』(第34回講談社漫画賞少女部門受賞)、『かくかくしかじか』(第8回マンガ大賞、第19回文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞)、『東京タラレバ娘』『美食探偵 明智五郎』『雪花の虎』ほか、ヒット作多数。『講談社「Kiss」にて「東京タラレバ娘シーズン2」連載中!
 

連載【アキオとアキコの京都女磨き
▼他の記事もチェック!
第1回『鬼滅の刃』の「ヒノカミ様」がここに…京都「火焚祭」に学ぶ「神さまと蜜柑」の意味
第2回「京都で火曜水曜はお休みのお店が多いらしい」理由をご存じですか?
第3回「鬼切丸」って?学問の神様「北野天満宮」が受験生以外にも人気の理由
第4回 12月13日「京都の事始め」に出る「追っかけ」に違和感を抱く理由
第5回「京都の門松」に「根」がついている理由をご存知ですか?
第6回「母の形見の着物」で仲間入りできた京都で受けた「本物の洗礼」
第7回 なぜ豆を蒔くの?節分から学ぶ、京都流「鬼退治」の秘儀とは
第8回 3本足のカラス「ヤタガラス」の伝説とは…蹴鞠とサッカーの奥深い関係
第9回 これが京都のイケズ?ひな人形の素朴な質問への「まさかの返答」
第10回 親もこっそり祈願!古代から続く「京都の縁結び」地主神社の意外な事実
第11回 京都男子は恋愛より「お見合い結婚」?京男との婚活チャンスはあるのか
第12回 東京の知人に拒否られた?「茶の湯文化」で見えた京都との感覚の違い
第13回 「菖蒲」で家ごと疫病退散?清少納言も好んだ京都の「驚きの光景」
第14回 旧小学校が、絶景ホテルやマンガ博物館に!京都の「廃校」再活用アイディアに脱帽
第15回 疫病退散にまつわる「衝撃的な伝説」…半年間の穢れを祓う「夏越の祓」って?
第16回 疫神を悦ばせ、集め、封じ込める!?京都「祇園祭」の意外な真実
第17回 仲が良すぎて離別?京都で知った「織姫と彦星」が年に一度しか会えないワケ
第18回 「大文字焼き」と呼ぶと嫌われる?京都人に学んだ「ご先祖意識」
第19回 「菊」が怖い…イメージを一変させた京都の「重陽の節句」と「癖になる味」
第20回 東京の夜空は明る過ぎる…京都での「お月見・月光浴」が他と一味違うワケ