こんなに大変なことになるとは…
予想だにしなかった「初めての体験」

「平成29年台風第21号」と名付けられた台風は、26年ぶりの「超大型」。京都も、北にある鞍馬や貴船あたりの山々は甚大な被害を受けました。翌日、洛北の上賀茂神社を訪れたところ、境内の大木が根こそぎ倒された様子は見るも無残で、自然の恐ろしさを思い知らされました。その夜、まさに私は渦中にいたのです。

朝からの「時代祭」の行列は中止。けれど鞍馬の火祭は決行されるとのこと。正直、台風直撃と聞いて気が重くなったものの、しかし職業柄、何が起きるのか現場を見たいのも確か。嵐の中では傘は無効かもしれず、使い捨てポンチョをリュックに詰め込み、フライングタイガーでみつけた空色のLEDライトを首から下げた状態で、洛中での町家勉強会の後、車で鞍馬に向かったのでした。

火祭は鞍馬の由岐神社の祭礼で、鞍馬街道を中心とした集落一体で行われ、その辺り一面の夜空が燃え上がる松明の炎で埋め尽くされていくのです(今年は中止)。
由岐明神は当初、京都御所に祀られていました。平将門の乱や大地震など天変地異が相次いだ平安時代中期、朱雀天皇の詔で神社が御所の北方にある鞍馬寺境内に遷され、「北の守り神」としました。その時の行列は松明を携えて1キロにも及び、また村人たちが地主神をお神輿に乗せ、無数の篝火などを持って出迎えたそうです。現在の火祭で松明を用いるのはこの名残と伝えられますが、真相はわかりません。

飾られるのは、剣鉾、吹散(ふきちり、奥の屏風に掛けてある織物)、御供(ごく)、御燈明など。撮影:秋尾沙戸子
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火祭は、鞍馬寺門前で暮らす7つの集団(七仲間)が守ってきたそうです。夕方、私たちが集落に着いた時分には未だ雨は降っておらず、各「仲間」の宿(祭壇を設ける家)に飾られている、剣鉾(けんほこ)、篝火(かがりび)、松明を見て歩きました。大きな茶せんのような松明は、大中小4サイズ。幼児の担ぐトックリ松明、小学生の小松明、主に中学生が担ぐ中松明、高校生以上は大松明です。歳を重ねるにつれ相応の松明を持たせてもらえる仕組みに、集落全体で子どもの成長を見守る温かさを感じました。

材料は鞍馬の山で調達される貴重な植物ばかり。コバノミツバツツジなどの柴を藁縄で束ねたものを、木羽(杉を薄く削った化粧板)で形を整えて藤蔓の根で括り、仕上げるそうです。次第に雨が降り始め、私たちは公民館に入り、開始の瞬間を待ちました。
      
18時。「神事にまいらっしゃーれー」を合図に、街道沿いの家々の篝火が点され、子どもたちが小松明を担いで歩き始めます。燃え盛る大松明を担いだ青年たちがこれに加わり、「サイレイヤ、サイリョウ(祭礼や 祭礼)」の勇ましい声とともに練り歩くのです。

興味深いのは、向こう鉢巻を巻いた彼らの装束です。肩に「船頭小手」、腰に祭用の黒い「締め込み」、足元には「脚絆」と「黒足袋」と「武者草鞋」を纏っています。それぞれ船頭の強い肩と腕力、相撲力士の強い腰と力、飛脚の速く強い足を表し、男衆の勢いを誇示する装いなのです。

例年は、下大惣仲間と下脇仲間(いずれも七仲間)が御旅所に集結して、「カイショマツ」を並べる。撮影:福持昌之 
超大型台風の直撃を受けても火祭を斎行。消防団がホースを持って待機。撮影:福持昌之

次第に雨は土砂降りに変わっていきます。炎は見えるのですが、祭の段取りなど詳しくわかりません。とにかく関係者と逸れないように歩くしかないのです。フードをかぶっているのに頭はびしょ濡れ。髪を伝って目の上に水が垂れ、コンタクトをつけた目にも入ってくるほど。なので、とりあえずメガネを着用。雨が横殴りなら、炎も横殴り。雨も炎も目に飛びこまないよう守るためです。雨に降られながらではあるものの、やはり燃え盛る炎は美しい。いつまでも見ていたくなります。

京都に来てから、火焚祭や松上げ、修験による護摩焚きなど、火にまつわるお祭りを日常的に目にしてきましたが、その都度、松本清張さんの小説『火の路』を思い出します。日本の古都に伝わる火の祭がペルシャのゾロアスター教(拝火教)の影響を受けているのではないかと探るミステリー小説です。古代から連綿と続く火祭にも、そんなロマンをかきたてる不思議な魅力を感じました。

気づけば、鞍馬寺の山門前に大松明が集まっています。100本に及ぶ松明を立てた炎の集合体が圧巻です。やがて、お神輿が石段を降りてきました。由岐神社社殿は、鞍馬寺参道の急な斜面を上がった先、鞍馬寺本殿に続く九十九折坂の手前にあります。そこで朝早くに神々が遷され、お神輿は少し下って、山門の石段上で待機するのです。
                      
お神輿には鎧を着た青年が乗り、階段を下るお神輿が落ちないようにと女性たちも綱を引きます。担ぐ人びとの中に、その年に選ばれた逆さになる男子がいます。これは鞍馬の集落独特の元服=成人儀礼で、これを経て一人前の成人として認められるのです。さらには21時30分過ぎからが佳境で、神々を載せた神輿が地元の家々を巡行するのですが、部外者はここまで。私はこの集落の人びとが千年以上にわたって火祭を続けてきた歴史の重みが気になりつつも、調査チームとともに引き上げたのでした。