3歳で五線譜に音符を書く…「16歳の天才作曲家」が、病床で成し遂げたこと

脳腫瘍・余命宣告3ヵ月

「音楽は宇宙に魂を与え、心に翼を与える」。プラトンの言葉通り、音楽によって翼を与えられた少年がいた。彼の翼は、次第にか細くなっていくが、光を失った目の中で美しい音は鳴り続けていた。発売中の『週刊現代』が特集する。

独学で500曲を作った

今から15年前のことだ。'06年4月、東京・赤坂のサントリーホールの壇上に、身長110cmの小さな男の子が現れた。大きめの革靴を履き、ブレザーと半ズボン姿。小学1年生・加藤旭君である。

東京交響楽団と指揮者・大友直人氏が拍手で迎えた。この時、演奏を終えた「こども定期演奏会」のテーマ曲は、6歳の旭君が作曲したうちの1曲であった。

 

'06年はテーマ曲応募資格年齢が小学1年生に引き下げられた年で、彼はいきなり"史上最年少"で選出されたのだ。大友氏が言う。

「この時の旭君の五線譜は、子供の書き方でしたが、もうピアノで弾ける譜面になっていました。その後も彼は何回も応募してきたのですが、いつも複数の作品を提出する。

作曲家にとって、自らの中から湧き出てくる音があるかないかは決定的なことです。音楽を作る喜びに満ちた旭君が、才能豊かな人だったのは間違いありません」

〔PHOTO〕iStock

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