「私たちのチャレンジは、いまだ夢の途中。どこでピリオドを打てばいいのかも、正直、よくわかっていない。ただひとつ言えるのは、不完全燃焼のまま、ここで終えるわけにはいかないということ」――2019年11月に刊行されたノンフィクション『四肢奮迅』に乙武洋匡氏が書いたあとがきには、こう書かれている。

この「チャレンジ」とは、「乙武義足プロジェクト」のこと。2017年10月にエンジニアの遠藤謙氏が乙武氏に依頼したのをきっかけとし、エンジニア、研究者、デザイナー、義肢装具士、理学療法士といったプロフェッショナルたちがその知恵と技術と努力を結集して乙武氏を歩かせようとした。そして乙武氏は自らを「広告塔」と位置付け、義足を装着して歩く姿を公開してきたのだ。『四肢奮迅』では、乙武氏が誕生したときからロボット義足を装着し、20メートル歩くまでを記している。

書籍刊行から2年。プロジェクトの中締め報告として再度メディアの前でロボット義足を装着しての歩行を披露した乙武氏が改めて感じたこととは。

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「聖火ランナーを走ってほしい」

私たちは、行き場を失っていた。

2018年4月に発足した「乙武義足プロジェクト」。義足エンジニアの遠藤謙氏が開発したモーターを搭載した“ロボット義足”で、四肢のない私が「歩く」ことにチャレンジするという取り組みだ。

私自身、先天性の障害であることから二足歩行の経験がなかったこと、また長年の生活習慣によって体全体が屈曲した状態で固まってしまっていたことなどから苦戦が続いていたが、義肢装具士・沖野敦郎氏や理学療法士・内田直生氏といったスペシャリストの支えもあり、私たちプロジェクトチームは少しずつ歩行距離を伸ばしていった。

乙武義足プロジェクトのメンバー。右からプロジェクトリーダーでエンジニアの遠藤謙氏、理学療法士の内田直生氏、乙武氏、デザイナーの小西哲哉氏、義肢装具士の沖野敦郎氏、マネジャーの北村公一氏。2019年、20メートルを歩いた時の写真 撮影/森清
ロボット義足になってからバランスが取れなくなるなど、一つ山を越えたら新たに山が生まれていた 撮影/森清

この取り組みが少しずつメディアで取り上げられるようになると、次第に「乙武さんに聖火ランナーを務めてほしい」という声が聞こえてくるようになった。待ちに待った東京オリンピック・パラリンピック。たしかに車椅子がトレードマークとなっている私がロボット義足を装着して聖火ランナーを務めることができたら、大きなインパクトを生み出すことができるだろう。私たちプロジェクトメンバーは、いつしか「TOKYO2020」を目指すようになっていた。

だが、そこにコロナ禍が襲いかかる。私たちの視線の先にあったオリパラは一年延期となることが発表された。しかし今年に入っても感染拡大は収まることがなく、大会の開催そのものに賛否が巻き起こった。少なくとも、世間からの風当たりを考えたとき、聖火ランナーが“晴れの舞台”となることはなさそうだった。私たちは、たちまち目標を見失ってしまった。