Photo by GettyImages

もし資本主義をやめたら、世の中はどうなっているのか?

話題の経済SF小説が示すポスト資本主義社会
経済学者にして元ギリシャ財務相が書いた『クソったれ資本主義が倒れたあとの、もう一つの世界』。経済SF小説という意表をついた形式で、思い切ったアイデアを打ち出し、読み手にさまざまな未来像を描かせる。読書のガイドとして、本書から翻訳者・江口泰子の「あとがき」をご紹介しよう。

刺激的な思考実験と独創的なSFナラティブ

「異色の経済学者による、異色のSF経済学書」。「パンデミック後の資本主義社会のあり方を、鋭く問いかける野心作」……。いや、本書をひとことで言い表すのは難しい。映画『ゼロ・グラビティ』の監督アルフォンソ・キュアロンは、こう評している。「刺激的な思考実験と、完璧に独創的なSFナラティブが織りなす一冊」と。

本書にはたくさんの魅力がある。まずは登場人物だ。筋金入りのマルクス主義者で、傲慢な女神のように振る舞うアイリス。そのアイリスの宿敵とも言うべき存在で、リーマン・ブラザーズで働いていた2008年に、世界金融危機によって自分の世界までも崩壊してしまったイヴァ。そしてギリシャのクレタ島出身で、HALPEVAMをつくり上げた天才エンジニアのコスタ。物語の終盤では、イヴァの息子で、ビデオゲームに夢中な反抗期のティーンエイジャー、トーマスも加わる。

4人が歩んできた人生、挫折、譲れない信条が知的な会話のなかで、あるいはサイリスやイヴ、コスティといった「もう一つの世界のもうひとりの自分」とのやりとりを通して、明らかになっていく。イヴァはなぜシングルマザーなのか。アイリスはなぜ若くして隠遁できたのか。それぞれが抱える秘密、苦い敗北、深いトラウマ、孤独な人生を選んだ理由……。

 

コスタには、著者ヤニス・バルファキスの自伝的要素が色濃く反映されているのだろう。ひょっとしたら、本書の語り手である〈私〉ことヤンゴ・ヴァロ(名前も似ている)も、バルファキスの分身かもしれない。そう考えていくと、イヴァの息子のトーマスは映画『マトリックス』の主人公ネオの本名、トーマス・A・アンダーソンにちなんでつけられたのではないかとか、アイリスのモデルは英国の哲学者アイリス・マードックではないか、などと勝手に妄想が膨らんでしまう。

関連記事