世界中で愛されるムーミンを生み出したのは、フィンランド人のトーベ・ヤンソンという女性だ。第一世界大戦直後に生まれた彼女は、彫刻家の父と挿絵画家の母のもとで愛されて育ち、14歳のころには挿絵画家としての仕事を始め、第二次世界大戦終結の1945年、30代でムーミン物語の第1作『小さなトロールと大きな洪水』を出版した。

ムーミンは日本であまりにも有名だが、その原作者であるトーベに同性愛のパートナーがいたこと、そして、ムーミンが自国フィンランドで評価されるのは海外よりも遅かったことはあまり知られていない。

そんなトーベ・ヤンソンの30代から40代前半の人生に迫った伝記映画『TOVE/トーベ』が公開中だ。

トーベの作品や一生住み続けたアトリエが忠実に再現され、最初の同性愛の恋人ヴィヴィカとのラブストーリーを軸に描かれた本作。ヴィヴィカとの関係は、ムーミン物語の中で2人だけの秘密の言葉を話すトフスランとビフスランとしても描れている。第二次世界大戦後の激動の時代に生まれた恋は、トーベの作品世界にどんな影響をもたらしたのか。そして、トーベ・ヤンソンとはどんな女性だったのか。本作の監督を務めたザイダ・バリルート氏に聞いた。

ザイダ・バリルート監督
ザイダ・バリルート
1977 年フィンランド・キビヤルビ出身。『僕はラスト・カウボーイ』(09)、『グッド・サン』(11)、『マイアミ』(17)などで知られる。世界各国の映画祭へ出品され、釜山国際映画祭やシカゴ国際映画祭などで受賞を果たしている。本作は彼女にとって5本目の監督作となる。
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「ムーミン」にコンプレックスを抱いていたトーベ

――トーベは14歳から挿絵を描いてきて、ヒトラーを風刺した漫画である程度有名になり、30代にしてムーミンで大成功しましたが、自分のことを「画家」と呼び、児童作家やイラストレーターというふうに呼ばれることを嫌っていたようですね。そこには著名な彫刻家の父親へのコンプレックスがあったとか。

『TOVE/トーベ』より

バリルート監督:あの時代、女性の芸術家は結婚したら夫を優先することを強いられていました。母親も芸術家でしたが、稼ぎのない彫刻家の夫の代わりに生計を立てるために挿絵の仕事をするほかなかった。母親の犠牲があるからこそ、父親は自分の芸術を追求することができたのに、彼が挿絵を見下していたことはトーベを非常に傷つけました。あの時代の芸術界では挿絵、イラスト、漫画などは芸術とは捉えられていなかったんです。

そういうわけで、ムーミンはトーベの言葉を紡ぐ作家としての才能、画家として絵を描く才能やグラフィックデザイナーとしてのデザインセンスなどが結集して生まれた唯一無二の傑作なのに、トーベ自身も長いことムーミンを芸術として認めることができなかったのです。ムーミンは彼女に成功とともに葛藤ももたらしたのです。

『TOVE/トーベ』より