2021.10.09
# ドラマ

『北の国から』とは一体何だったのか? 放送開始40年、国民的ドラマが問いかけたもの

碓井 広義 プロフィール

社会への異議を込めたドラマ

明るくなったら目覚め、夜になったら眠る。一見、当たり前のことだ。しかし80年代初頭の日本では、いや東京という名の都会では、街は24時間稼働し、人はカネさえあれば何でも買えると思い込み始めていた。やがて「バブル崩壊」という結末が訪れることなど想像することもなく、人々は繁華街で飲み、食べ、歌い、遊んだ。

そんな光景に背を向けて、黒板一家は都会から地方に移り住み、自給自足のような生活をし始める。

「都会は無駄であふれ、その無駄で食う人々の数が増え、すべては金で買え、人は己のなすべき事まで他人に金を払いそして依頼する。他愛(たわい)ない知識と情報が横溢(おういつ)し、それらを最も多く知る人間が偉い人間だと評価され、人みなそこへあこがれ向かい、その裏で人類が営々とたくわえて来た生きるための知恵、創る能力は知らず知らずに退化している。それが果たして文明なのだろうか。『北の国から』はここから発想した」

この文章は、倉本が82年1月5日の北海道新聞夕刊に寄稿したものだが、『北の国から』の本質を端的に語っている。倉本は自身が抱えていた違和感をドラマの中に盛り込んだのだ。

当初は訝(いぶか)しんでいた視聴者も、回が進むにつれて徐々に、倉本が描く世界から目が離せなくなる。そこに、当時の日本人に対する、怒りにも似た鋭い批評と警告、そしてメッセージを感じ取ったからだ。

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