白鵬「史上最強横綱の引退」に際して日本人が今改めて考るべきこと

我々はもう少し歩み寄ってもいいはずだ
西尾 克洋 プロフィール

強すぎるが故に多くを求めすぎた

大相撲の人気低迷により強い力士が求められたからこそ「史上最強力士」としての白鵬は誕生した。しかし、彼が、時代が求めた力士像をすんなりと体現したために、皮肉にもファンは別のヒーローを求めた。

白鵬が強すぎるが故に、ファンが新しいヒーローを渇望したことは不幸と言わざるを得ない。そして強さと同時に人格が求められ、一時はそれを体現してきたために、いざ物議を醸す言動を取った際には朝青龍以上に風当たりが強くなるというのも気の毒だった。

白鵬はこれからも相撲協会に残ることになる。力士として土俵に上がることはなくなるが、これまでの行動を考えると、もしかすると、いずれ何かが起こるかもしれない。

Gettyimages

もちろん全てを肯定できるわけではないことは理解している。批判があってもよいし、無ければそれはそれで問題だ。その上で白鵬の今に至る経緯を理解し、思い出し、そのうえで判断を下してほしいのである。

横綱というのは本当に孤独な存在だ。昭和30年以降の横綱の約半数が何らかの不祥事を起こしている。大関はさほど問題行動が無いということからすれば、地位が人を狂わせたとも言えるだろう。言うまでもなく白鵬は大相撲にとって恩人だ。多くを求めすぎた結果、彼が大相撲の世界から去るようなことがあってはならないと思う。

少しだけ。ほんの少しだけでも良い。白鵬に歩み寄ってもいいのではないだろうか。

史上最強横綱の引退と、それを取り巻く報道を目にして私はそう思う。

 

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