2021.10.06
# 学校・教育

「変え方がわからない」…“時代遅れのブラック校則”がなくならない「日本の特殊事情」

米仏との比較から考える
飯田 一史 プロフィール

改廃規定がないから「変え方」が誰にもわからない

――米仏では校則は条例のように法律の下に位置づけられているけれども日本は法的な根拠がないとのことでしたが、日本だと部活動も教育課程外の活動であるがゆえに法的な制約が及ばないことが数々の問題を引き起こしていますよね。学校って無法地帯なんだなという印象を抱くのですが……。

大津 日本の学校で法的に根拠のないものはほかにも中高の担任や中間・期末試験、通知表などがあります。また逆に、体罰のように明治時代から法規的には禁止されていたのについ最近まで黙認されていたものもあります。そういった慣習で成り立っているものすべてが否定すべきであるとは言えません。とはいえ「法律がないから」となんでもかんでも決めていいわけでもない。限界があります。

問題の一つは、ほとんどの校則で改廃規定がどこにも書いていないことです。過去の校則裁判の判例では「校則の決定権は校長にある」とされましたが、しかし具体的に「誰が、どういう手続きをすれば、どこまで変えられるのか」については、明記されていないゆえに誰もわからないことも多い。法律であれば改廃規定は当然存在するのですが、もともと学校が生徒に示す「生徒心得」が出発点であったがゆえに、校則に関しては変え方自体、教師にもわからないことがあります。

[photo]iStock
 

――恣意的な運用を避けるには「変え方」を決めるところから始めないといけないと。

大津 変え方がわからないから、ときどき生徒から不満が噴出しても当該生徒が卒業するとリセットされて長年放置されることが続いてきました。たとえばプライバシーという観点がなかった時代にできた「休日に旅行に行くときは学校に届出を出すこと」といった規定が平気で未だに残っていたりする。明治時代の生徒心得の頃から日本では「校則」に学校外のことまで含まれていましたが、かつては「学校は生徒の状況を確認していなければならない」といった観念がありました。しかし今なら「なぜ学校に私生活について知らせないといけないのか」という話になります。

ちなみにフランスでは、校則にあたるものは直訳すると「内部規則」となるのですが、学校外についての規定はありません。私生活は学校の関与することではなく、むしろ私生活の自由は尊重されるべきものとされています。

ただ、日本では今でもたとえば放課後にショッピングモールで中学生が悪さしていると「おたくの中学生がこんなことしていますよ」と学校に電話がかかってきますよね。学校に紐付けて児童・生徒を扱うという社会的な風潮がある。それを考えると、学校からすれば「学校外のことまで校則で規定せざるをえない」と考えるのも理解はできます。

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