2021.09.27
# エンタメ

神田伯山の大師匠・神田山陽の「トンデモナイ半生」がおもしろすぎる…!

絵に描いたような放蕩息子

神田山陽とは誰か

「講談」の本は少ない。

演芸の「講談」の本である。

同じ演芸でも「落語」の本は多いのだが、「講談」に関する本はきわめて少ない。

落語は、何とか明治大正昭和を生き延び、令和の時代もふつうに聞ける演芸として存続している。

いっぽう講談はあまりうまくいかなかった。

明治のころをピークに人気は下がるいっぽうで、20世紀の後半になると講談師の数はとても少なくなった。絶滅危惧種ですと、自分たちで自嘲気味に語るほどであった。

21世紀に入り神田松之丞が現れ、六代目神田伯山を襲名し、流れが変わってきた。

少しだけ、前にくらべれば講談も注目されるようになった。

ほとんど出ていなかった講談に関する書籍も見かけるようになった。

今年になって『桂馬の高跳びー坊っちゃん講釈師一代記』が文庫になった。

 

中公文庫から出されている。

もとは1986年というから昭和51年に出版された二代目神田山陽の自伝である。

二代目神田山陽は、講談界がどん底だった時期に活動していた講談師である。2000年91歳で亡くなるまでに多くの弟子を育てた。その総領弟子が神田松鯉で、その松鯉の弟子が六代目伯山になる。つまりいまの伯山の「大師匠(師匠の師匠)」にあたる。

文庫本『桂馬の高跳びー坊っちゃん講釈師一代記』の帯には神田伯山の言葉が書かれている。

「この本を文庫にするのが夢でした」。

文庫化されたのはおそらく伯山人気がもとであろうから、ここに彼の言葉が載っているのは当然だろう。白眼でこっちを睨み付ける神田伯山の写真まで載っている。

関連記事