日朝関係改善の糸口「日本人妻の里帰り事業」が再開されない根本的な原因

解決可能なことから取り組むべきだ
伊藤 孝司 プロフィール

「脱北」して日本へ帰国したものの、再び北朝鮮へ戻った人は他にもいる。

石川一二三さんは在日朝鮮人のト・サンダルさんの三女で、1960年に両親とともに北朝鮮へ。2003年10月に「脱北」して日本で暮らしていたが、2007年6月に北朝鮮へ戻った。平島さんと同じように再び北朝鮮の家族と暮らすために、支援者の説得を振り切って戻ったという。

「日本政府は『日朝ストックホルム合意』で日本人妻についても同意したにもかかわらず、それよりも拉致問題を優先しました。日本人妻の里帰りといった、解決可能なことから取り組むべきです」と沖見泰一さんは語る。

2014年5月の「日朝ストックホルム合意」により、北朝鮮では日本人調査が行なわれた。聞き取り調査を受けた残留日本人や日本人妻たちは、「これで日本への里帰りが実現すると大きな期待をした」と私に語った。北朝鮮側は帰国する人まで決めていたものの、日本側は応じなかったという。

日本と大きく社会体制が異なり、国連「安保理」による長期の制裁によって食糧や生活物資の不足が続く北朝鮮。そこへ戻った「脱北者」は日本からだけではない。韓国政府統一部によると、韓国で暮らす「脱北者」の内、2012年以降に29人が北朝鮮へ戻っている。豊かさや幸福感の基準は、人によって異なるのだ。

関係改善は里帰り再開から

米国のバイデン政権が、北朝鮮との交渉において前に踏み出そうとしない状況では、日朝国交正常化交渉の再開は容易には実現しないだろう。こうした状況で、日朝関係改善の糸口を見出すことが出来るのは人道的課題への取り組みだ。

元山港に係留されたままの「万景峰92号」(2016年6月19日撮影)

1959年の帰国事業開始によって新潟港と、北朝鮮の清津港、後には元山(ウォンサン)港との間で帰国船が往来するようになった。その延長で、帰国船が必要でなくなってからも航路は維持され、在日朝鮮人の親族・祖国訪問や朝鮮学校の修学旅行などで使われるなど重要な役割を果たしてきた。

しかし日本政府の北朝鮮への独自制裁によって、1992年から就航していた「万景峰(マンギョンボン)92号」は、2006年に日本への入港が禁止された。

 

この措置により、訪朝するには航空機を使って中国かロシアを経由して行くしか方法がなくなった。これは肉体的・経済的負担が大きいため、訪朝者は大きく減少。日本から訪ねて来る親族から経済的支援を受けていた帰国者たちの生活も影響を受けることになった。日本の制裁が、帰国者たちを苦しめる結果になっている。

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