2021年3月6日、名古屋の入国管理局の収容施設で、スリランカ人のウィシュマ・サンダマリさんが亡くなった事件から、半年以上が過ぎた。ウィシュマさんは、2017年、英語教師を目指して日本に留学、学校を辞めざるをえなくなったのち、2020年8月に収容施設に収容された。しかし体調を崩し、衰弱しても、最後まで満足な治療や再検査を受けることはできなかった。死亡当時、まだ33歳という若さだった。

この事件は、収容施設での人権を侵害する信じがたい対応が、「今」「この日本で」行われていることを浮き彫りにした。浮き彫りにしたといっても、実態がすべて明らかになったわけではない。遺族がもとめていたもののうち、入管が提出してきたのはほぼ黒塗りの資料と、わずか2時間のみのビデオだった。その2時間のビデオですら、遺族が見るに堪えられなかったものだという。

ウィシュマさんが亡くなる直前に閣議決定され、国会に提出された入管法政府案は、強制送還の強化をする内容が盛り込まれていた。5月18日に成立は見送られたが、度重なる人権侵害が指摘されてきた中、なぜさらなる悲劇を招きかねない法案が審議にまで至ったのか。どうしたら日本をより人に優しい社会にできるのか。ずっとウィシュマさんのことを取材し続けているフォトジャーナリストの安田菜津紀さんに、在日外国人を取り巻く現実について執筆いただいた。

番号と共に入管側から戻ってきた、ウィシュマさんの遺品のシャツ 撮影/安田菜津紀
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外国人は殴っても反論できない

「日ごろから脆弱な立場にあるような外国人は、(こういう法案で)殴っても反論できないと思っているからかもね」

入管法政府案が審議されようとしていた時のことだった。ただでさえ支持率が落ちている菅政権で、なぜわざわざ、こんなめちゃくちゃな法案を出してくるのか? と長年入管の問題に携わる方に尋ねた時、彼が寂しそうにこう語ったのだ。

入管法政府案は、4月16日に衆議院で審議入りした法案だ。外国人を強制的に国外に退去させるための手続(退去強制手続)などをさらに強化することで、「送還忌避・長期収容問題の解決を図る」、というのが政府側の意図だった。しかしこの法案は、実態を的確に踏まえていない上に、大きな人権問題をはらんでいた。

「仕事を失ってしまった」「生活に困難を抱えて学校に行けなくなってしまった」「パートナーと離婚してしまった」、それはどれも、生活を送る上で誰にでも起こり得る変化だろう。多くの困難が噴出するコロナ禍ではなおさらだ。ところがこの「変化」によって、日本国籍以外の人々は、日本に暮らすための在留資格そのものを失ってしまうことがある。

こうして在留資格を失い、退去強制令書が出された人々のうち9割以上は、送還に応じている。残る1割に満たない人々は、「帰国すれば命の危険がある」「家族が日本にいて、子どもたちは日本語しか話せない」「生活の基盤の全てが日本にある」など、帰れない事情を抱える人々だ。入管法政府案は、その帰れない事情を抱えた人たちが国外退去の命令に従わない(従えない)場合、保護したり在留資格を付与したりするのではなく、1年間の懲役、または20万円以下の罰金の対象とするものだった。

さらに法案では、法務省が「難民と認めない決定」を2回下せば、以降は難民申請していた外国人の強制送還が可能になってしまう仕組みとなっていた。日本の難民認定率は1%にも満たない。だからこそ、その分厚い認定の壁を前に、命の危険から逃れ、保護を求める人々は何度も何度も難民申請を繰り返さなければならないのが現状のはずだ。

こうして政府は、「保護されるべき人を保護しよう」「帰れない事情を抱える人々の声に真摯に耳を傾けよう」といった方針ではなく、「とにかく帰してしまおう、従わないなら刑事罰を与えよう」という、そのような「改正」を推し進めようとしていた。

「外国人は殴っても反論できない」――もしかすると政府は当初、本当にそう考えていたのかもしれない。けれども抗議の輪は、じわじわと、そして確実に広がり、やがてひとつのうねりとなっていった。法的なことは複雑で分かりにくいというイメージを持たれがちだが、入管法政府案で問われている本質は、きわめてシンプルなものだった。国家権力が恣意的に命の線引きをし、その線より向こう側の人々の命には何が起きても構わない。そのような社会が、本当に私たちにとって望ましい社会なのか、ということが突きつけられていたのだ。