1959年に始まった北朝鮮への在日朝鮮人「帰国事業」とは何だったのか

日朝両国政府の思惑に翻弄された人々
伊藤 孝司 プロフィール

「帰国事業」をめぐる動き

日本国内では北朝鮮について、「帰国事業」に関する動きがいくつか出てきた。ドキュメンタリー映画『ちょっと北朝鮮まで行ってくるけん。』が、各地の劇場で公開されている。帰国事業で、在日朝鮮人の夫と北朝鮮へ渡った日本人妻・中本愛子さんをめぐる話だ。

私が咸鏡南道(ハムギョンナムド)の咸興(ハムン)市で、中本愛子さん(1931年生まれ)ら日本人妻と、唯一の残留日本人の荒井琉璃子さん(1933年生まれ)と会ったのが2017年4月。その後、2019年10月までに7回の訪朝をして、残留日本人・日本人妻と北朝鮮経済などを取材。テレビで6本の番組を放送した。

私はその内の5回の訪朝で、3人のビデオカメラマンを連れて行った。その一人が、日本電波ニュース社の島田陽磨氏。『ちょっと北朝鮮まで行ってくるけん。』は、私を含む4人が北朝鮮で撮影した日本人妻に関する映像に、島田氏による日本国内での取材を加えて日本電波ニュース社が制作したものだ。

中本愛子さんと日朝の家族(2019年7月18日撮影)

そして帰国事業についての最も大きな動きは、東京地裁で10月14日に第1回口頭弁論を迎える「北朝鮮帰国事業損害賠償請求訴訟」だ。

帰国事業で北朝鮮へ渡り2003年に北朝鮮を出て日本へ戻ったいわゆる「脱北者」の川崎栄子さん(79)が、同じ体験をした4人とともに北朝鮮政府に対して、1人あたり1億円の損害賠償を求めるというものだ。

この訴訟の争点は、「北朝鮮が(1)虚偽の宣伝で渡航を勧誘したこと(2)渡航後に出国を妨害したことが、一体の不法行為だと認定されるか否かだ」(「産経新聞」WEB版、9月10日)という。

この口頭弁論のために8月16日、東京・霞が関の東京地裁前の掲示板に、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長の出頭を求める呼出状が掲示された。

国家の行為や財産には外国の裁判権が及ばないとした、国際法上の「主権免除」の原則がある。ところが東京地裁は、「日本は北朝鮮を国家と承認していないため該当しない」との原告側の主張を認めた。そして呼出状とともに資料目録を掲示することで、被告側に資料が届いたとみなす「公示送達」という措置を行なった。

私はこの訴訟が、北朝鮮政府だけを相手にしていて日本の政府やメディアを対象にしていないことと、日本へ戻ってかなり年月が経ってから起こしていることが理解できない。「今回の裁判を、北朝鮮の現政権を崩壊させるきっかけにしたい」(同上)と川崎さんが述べているように、反北朝鮮のキャンペーンでしかないのではないか。

 

この訴訟を報じた記事の中には、不正確な記載もある。そこで本項では、帰国事業がどのようなものであったのかを、近年集中的に取り組んできた北朝鮮の日本人妻たちへの取材を踏まえて整理してみたい。

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