2021.10.01
# 嗜好品

特別レシピ公開!「宇宙の香りのコーヒー」は本当に作れるのか?

『コーヒーの科学』著者が本気で考えてみた
旦部 幸博 プロフィール

ラズベリー風味のコーヒーは実在するか

ぎ酸エチルの香りを感じるコーヒーの実現は厳しそうだが、何とかならないだろうか。香料として直接、加えればいい? ……確かにそれも一つの手だが、別の角度から「宇宙の香り」を彷彿とさせるコーヒーへのアプローチを考えてみよう。

あまり馴染みがない人も多いと思うが、じつは、世界には「ラズベリーの香り」がすると言われるコーヒーが実在する。プロのコーヒー鑑定士たちが、コーヒーのテイスティング(カッピングとも呼ぶ)をおこなうとき、コーヒーの香味(フレーバー)をいろいろなものに喩えて表現するが、「ラズベリー」は、そうした用語の定番の1つなのだ。

例えば、スペシャルティコーヒー協会 (Specialty Coffee Association, SCA)という業界団体が、コーヒー研究者の集まりであるWorld Coffee Research(WCR)と共同で作成した香味表現の用語集 "WCR Sensory Lexicons"や、それらの言葉をカラフルな見た目に配置したフレーバーホイール "Coffee Taster's Flavor Wheel"の図の中にも、「ラズベリー Raspberry」があるのが見てとれる。

また、世界中のスペシャルティコーヒー専門店から集めたコーヒーのテイスティング結果を公開するウェブサイト "Coffee Review"を検索すると、香味を表現するときに"raspberry"という言葉が使われたコーヒーが500件以上ヒットする。

テイスティングにおいて、香味を"raspberry"という言葉で表現されたコーヒーも数多くある photo by gettyimages

スペシャルティコーヒーは、もともと1970年代アメリカで一部の中小コーヒー業者たちが掲げた、標準的なコーヒー(=コモディティコーヒー)とは一線を画する「香味に特徴がある高品質なコーヒー」のこと。その考え方はスターバックスやブルーボトルコーヒーなどにも引き継がれ、今では世界中に広まっている。

もともとアメリカは、飲食品全般でラズベリーやブルーベリー、ブラックベリーなど、ベリー系のフレーバーを好む人が多いせいか、アメリカのコーヒー関係者たちが特にこれらの表現を好んで使う傾向がある。ベリーの中でもラズベリーは、甘味控えめで酸味が強いため、すっきりとした酸味に特長がある浅煎り〜中煎りのコーヒーが、そのイメージにマッチするようだ。

最有力候補は、エチオピア産の豆

コーヒーは一般に、ブラジル、コロンビアなど、生産国でおおまかに分類されるが、なかでも特に「ラズベリー香」が出現しやすい国がある。「コーヒーノキの故郷」、エチオピアだ。”Coffee Review”のテイスティングでラズベリー香が報告されたコーヒーの半数近くを、エチオピア産が占めている。

世界で栽培されているコーヒーノキ(アラビカ種)のほとんどは、18世紀にイエメン経由で持ち出されて広まった、たった2本の樹の子孫……ティピカとブルボンという2つの品種……に由来する。このため、コーヒーは遺伝的多様性に乏しく、生産国が違っても成分的にはあまり違いがない場合が多い。

ただし、野生のアラビカ種が現在も自生しているエチオピアは例外で、良くも悪くも他にはない独特な香り成分を含んだコーヒーが現れやすい。例えば、2008年には森永乳業の研究グループが、エチオピア産のコーヒーからラズベリーの香りの主成分である「ラズベリーケトン」を初めて検出し、その独特な香りに関係しているのではないかと考察している(https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/j.1750-3841.2008.00752.x)。

エチオピアに隣接するイエメンやケニアも、「ラズベリー香」の報告が比較的多い産地だが、近年の遺伝子解析の結果、ティピカやブルボンとは分子系統的に異なる、エチオピア由来の品種が混在することが判明している。

また、20世紀以降になって新たにエチオピアから中南米などに持ち出されたゲイシャやルメ・スダン(厳密には隣接する南スーダン由来)などの品種が近年注目されているが、これらからも「ラズベリー香」の報告がある。品種間の香り成分の化学的な違いにも興味が持たれるところだ。

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