東大生が「新書四天王」の英語新書を全部読んでみた

「#新書で英語学習」ブーム到来?
今、新書業界に一つのブームが到来しつつある。
英語新書ブームである。
『英語独習法』(岩波新書、2020年12月)のヒットを皮切りに、『英語の読み方』(中公新書、2021年3月)、『英語の思考法』(ちくま新書、2021年7月)、『シンプルな英語』(講談社現代新書、2021年9月)と、去年から今年にかけて教養新書系の各レーベルから次々と英語本が出版されているのだ。また、8月には『伝わる英語表現法』(岩波新書、2001年12月)が復刊され、復刊当日に重版となっている。
読者の側からすれば、書店の新書コーナーに並ぶこれらの英語本の中から、自分のニーズに即した一冊を選び出すのはなかなか難しいのではないだろうか。
そこで、TOEFL受験のために英語を勉強中だという東大生のO君に上記の5冊を実際に読んでもらい、それぞれの特徴やイチ押しポイントについてレポートしてもらった。なお、O君は、現代新書編集部の編集者とたまたま知り合いだっただけであり、とくだん英語の専門家ではない点、O君には「特定の書籍を推すのではなく、英語学習の素人の観点からすべてを公平な目で判断してほしい」とお願いした点の二点を補記しておきたい。

今井むつみ『英語独習法』(岩波新書)

まずご紹介するのは、今回の英語新書ブームの火付け役とも言える『英語独習法』

なんとこの本、5万部売れればヒットとされる新書業界において、すでに11万部の売り上げを記録しているらしい。

なぜこれほど売れているのか。

実際に読んでみた筆者が思うに、「なぜアナタは英語がいつまでたっても身につかないのか?」という、多くの英語学習者が抱く根本的な疑問に対し、非常に明快な回答を与えてくれているからではないだろうか。

巷には「○週間で英語をマスター!」、「努力不要で誰でもネイティブレベルに!」などと謳った英語本が数多く存在している。

しかし英語学習にそのような特効薬はないと、本書の著者・今井むつみ氏は一蹴する。

ほとんどの人は、自分は忙しいから、最短の時間で、最小の努力でプロフェッショナルレベルの英語力を「マスターする」方法を見つけたいと言う。しかし残念ながら、日本語母語話者が簡単に、片手間の勉強で、プロフェッショナルレベルの英語を習得することは無理である。
                     今井むつみ『英語独習法』p.14

甘いキャッチコピーに誘われて幾多の英語本に手を出しては、ちっとも実用に足る英語力が身に付かなかった筆者としては、きっぱりと言い切ってもらえたことで、なんだか胸のすく思いがした。

そうは言っても、英語の習得を簡単に諦めるわけにはいかない。だが、結局のところ英語を自由自在に使いこなせるようになるためには、どんな知識を、どのような方法で身につければ良いのだろうか。

 

キーワードは「スキーマ」

本書では、著者が専門とする認知科学の分野で知られている「学習の法則」を外国語学習に当てはめ、さらに英語の特徴を勘案しながら、英語学習の合理的な学習法を提案している。

そこでキーワードとなるのが、「スキーマ」と言う概念である。

スキーマとは、あえて一言で言えば「知っていることが意識されない暗黙の知識」のことだ。

たとえば、日本語で「べたべた」という単語を使うとき、われわれ日本語ネイティブにとって、「べたべたとさわ」という表現は自然に感じるが、「べたべたとれる」となると、途端に不自然に感じる。

なぜ不自然に感じるのか。その理由を言語化できないにせよ、自然か不自然かの判断がつくということは、この二つの動詞の意味を暗黙のうちに理解できているということだ。

スキーマは、無意識に働く知識のシステムとして、情報の選択や推論に用いられる。「べたべたと触れる」という表現に対して不自然さを感じたのは、我々の日本語スキーマが正常に働いた結果なのである。

言語にはその言語特有のスキーマがある。英語も例外ではない。

たとえば、名詞の可算・不可算の判別。英語では名詞を取り扱うにあたって、まずその名詞が数えられるか、数えられないのかをはっきりさせないといけない。日本語では本も、家も、水も、パンも、「一冊」、「一軒」、「一杯」、「一斤」といった具合に、助数詞を用いて均等に扱うが、英語だと’a book’、’a house’、’a glass of water’、’a slice of bread’といったように、その名詞が可算であるか不可算であるかによって、数え方を明確に使い分ける

加えて、a(不定冠詞)を付けるべきか、the(定冠詞)を付けるべきかという冠詞の区別もついてくるから、名詞はとことん厄介だ。

しかし当然ながら、英語ネイティブたちは、これらの区別を正確に、かつ無意識にやってのける。彼ら彼女らは、母語を習得する過程で「名詞の意味を考えるときにはまず、その文法的な形に注目する」という注意のシステム=スキーマを身につけているからだ。

【余談】定冠詞・不定冠詞スキーマの躍動

ここで、英語スキーマが実際に働いている例を見てみよう。下のツイートは数年前に英語学習者の間で密かに話題になったものだ。(※以下の例は筆者が勝手に持ち出したものであり、本書に記載されているものではありません)

ツイートの英文に、なにか違和感を感じなかっただろうか。そう、worldやsunにaが付されているのだ。worldやsunといった「常識的にただ1つしかないものには定冠詞のtheをつけると、英文法の授業で習ったはずだ。ではなぜ、このツイートではそうなっていないのか、ここではツイート本文の内容がヒントになってくる。

このツイートで話題となっているのはTRAPPIST-1(トラピスト1)と言う天体。太陽系から約40光年離れた(40 light years away)場所に位置する恒星であるが、その周囲を7つの地球サイズの惑星(seven Earth-size planets)が巡っており、しかもそのうち3つは水が液体で存在できるハビタブルゾーン内に位置している(three in its habitable zone)——このツイートはその発見を報告したものだ。

つまり、ここで言及されているworldやsunは、われわれが「常識的に」知っている「世界」や「太陽」ではなく、「40光年の遥か彼方に存在する太陽系外惑星系」や「その中心となる恒星」を表しているのだ。だからこそ、名詞を特定する方向に働くtheではなく、特定のものに定まらない時に使う=「不定」冠詞のaが用いられているというわけだ。ここでは定冠詞・不定冠詞スキーマが生き生きと躍動しているのだ。

このツイートの主は、定冠詞・不定冠詞のスキーマを自家薬籠中の物としているからこそ、このように規範から外した使い方も自由自在だし、ツイートを読む側の英語ネイティブも、theではなくaが用いられていることをすぐに察知し、「ははーん、そういうことね」(と思うことすらないのかもしれないが)と即座に理解できるのだろう。

それにしても、aとtheを使い分けるだけでここまで表現できるのだから、英語の世界はなんて繊細で奥が深いのだろうか。

英語と日本語のスキーマのズレ

閑話休題。冒頭の「なぜアナタは英語が身につかないのか?」という疑問に戻ると、その原因はずばり「英語と日本語のスキーマのズレ」にあると著者は語る。

先に述べた通り、スキーマは私たちが話し、聞き、読み、書く際に無意識に働く知識のシステムのことだ。しかし無意識に働くがゆえに、外国語の理解やアウトプットの際にも母語のスキーマを知らず知らずに当てはめてしまうそうだ。

筆者が思いついた例で恐縮だが、否定疑問文に対する応答の違いなどは、こうした日本語と英語のスキーマのズレを示す好例だと言えるだろう。

たとえば、Aren’t you cold?(寒くないの?)という質問文に対して、

肯定する(寒い)場合には

日本語:いいえ、寒いです。
英語 :はい、寒いです。(Yes, I am.)

一方で否定する(寒くない)場合には

日本語:はい、寒くないです。
英語 :いいえ、寒くないです。(No, I’m not.)

と答える。つまり、日本語と英語で応答の内容と表現が真逆になっているのだが、実際、これで応答を間違えてしまう日本語ネイティブが多いという話をよく耳にする。否定疑問文は中学校で習う文法事項だから、誰しも頭では分かっているに違いない。しかし、いざリアルな会話の場面で遭遇すると焦りも手伝い、ついつい日本語スキーマを適用してしまうのだろう。

では、どうすれば日本語スキーマの呪縛から自由になり、英語スキーマを獲得することができるのだろうか。

ポイントは「意識」と「比較」にあると著者は説く。日本語スキーマとのズレに気づき、英語スキーマを働かせることを意識しながら練習をくり返すことによって初めて、英語を自由自在にアウトプットできる情報処理システムが作り上げられていくのだそうだ。

英語スキーマを身につけるためには、まず英語スキーマを探索するところから始めなければならない。本書では第5章、第6章を中心に、無料のオンラインツールを用いた具体的な英語スキーマ獲得法が紹介されている。また、巻末の「探究実践編」では、実際にこれらのツールの活用法を、練習問題を通じて実践的に学ぶことができる。

『英語独習法』というタイトルを掲げているが、本書で紹介されている考え方やメソッドは、他の言語にも応用が可能だと思う。ぜひ英語学習者のみならず、外国語の習得を目指す全ての人に読んでもらいたい一冊である。

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