専門家でありながらADHDを公表した理由

シン氏自身は、自身とどのように向き合ってきたのか。

「私の場合は学生時代から、特に対人関係で苦労してきました。人の言葉を覚えていられないし、授業を妨害して先生に怒られ、忘れ物が多く、自分を責める毎日でした。そして臨床心理専門家となってもその傾向は治らず、患者と接することに罪悪感を覚え衝動的に診断を受けました」

そのため、確定したときには安堵したという。

「これまでの生きづらさは、決して怠惰や能力不足によるものではなかったのだと。そして薬物治療で落ち着いてくるうちに、私の力をもっと早くに発揮できたならば、違った人生を歩んでいたかもしれないという悔しさが込み上げてきました。私のような思いをする女性が一人でも減れば良いと思い、本を書きました」

自身が治療者でありながら、ADHDを公表することに躊躇いはなかったのかという点については、「実際、患者に不安を与えかねないため、公表についてはかなり悩みました。しかし昨今、世界中の多くのADHD研究者が自身も当事者であることを告白していますし、服薬していることを動画で語っている医師もいます。そういったことに後押しされました」と話す。

-AD-

著書ではADHDと女性の関連性を強調したが、読者の間で予想よりもそこにフォーカスされることは少なかったという。今はADHDの周知が優先され、性差問題が語られるのはまだ先のことになりそうだが、理解が高まることを期待しているという。

「ADHDコミュニティで情報が活発に共有されていることもあり患者が増え、病院が対処を始めました。ネット上で自身の症状を調べ、両親を連れて訪ねてくる女の子も多いです。治療可能と聞いて本人らは安心しますが、親はやはり『障害』という言葉にパニックになることも少なくありません。しかし世間で知られ始めているのもあり、『うまく育てていきたい』と前向きなメッセージをもらうことも最近は増えました」

シン氏は同問題についてYouTubeやSNSで発信を続けており、「いずれは女性に特化した心理治療センターを開設するのが夢」と語る。