症状なのに「女性として資質不足」と思い込まされる

韓国の場合はさらに、女児への教育方針が内在化の強化と自己認識の混乱を招く要因の一つになっている。

「韓国では、女児に対しては従順でおとなしく、繊細で、勤勉であるべきという教育がなされます。目立ったり、飛び跳ねたり、暴れたりすることは良しとされません。成人後も、韓国の男性がパートナーの女性に対し安定した情緒やケアを期待するため、そのように社会化されていきます」

注意力に欠け、「配慮」できないことが「女性としての資質不足」とみなされ、自責や自己否定につながるのである。

職場で同じミスをしたり不注意があっても男性より女性のほうが信用が落ち、雑な印象を持たれがちです。その上、韓国では個人の能力に対し完璧主義を求めるので、仮に公表しても『私だって注意欠陥くらいある』『そんなこと言ったら全員ADHDじゃないか』と言われ“透明化”されてしまう傾向があると思います。昔は鬱病がそうであったように、今は過渡期なのかもしれませんが」

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またADHDは肥満率が高いのも特徴であるが、女性のプロポーションへの基準が日ごと厳しくなっている韓国においては、周囲からかかる圧力も強い。そのストレスで過食になり、さらに太るというループが続く。

こうした傾向は韓国に限った話ではない。女性が社会化する過程で得た迎合的な特性には「依存性パーソナリティ障害」という診断名がつくことすらあり、逆に自己主張をすると、反社会的であるとみなされがちである。

一方、女性に対し性的サービスを求め、家事・育児を全面的に任せたがる男性の傾向は「依存」として扱われることはない。精神科医療が男性中心主義で行われてきたことはその一端からも窺えると、シン氏は自著にもそのように書いている。