五代目山健組・中田浩司組長が「六代目山口組に復帰」の“真相”

今、なにが起きているのか

<我ら有志一同の者、任侠道の本分に回帰致し歴代山口組親分の意を遵守する為、六代目山口組を離脱致し、新たなる「神戸山口組」を発足し歴代親分の訓育と魂魄を忘失する事なく、心機一転、肝刻致し新しい神戸山口組に身命を賭す覚悟であります>

2015年8月27日、日本最大の指定暴力団・山口組が分裂。離脱した13団体は、四代目山健組を中核に山口組と同じ代紋の神戸山口組を立ち上げ、発会式の直後、上のような「回状」を配布した。その前段では、司忍六代目を<利己主義甚だしく>などと痛烈に批判していた。

山口組分裂から約6年…

しかし、約6年が経過した今、神戸山口組は離脱者が相次ぎ、脱退時の勢いはない。

13団体の組織トップは、いずれも六代目山口組から絶縁(最も重い処分で組から縁を切られる)、破門(やはり縁を切られるが復縁の可能性もある)の処分を受けたが、今、残っているのは井上邦雄組長、入江禎副組長(二代目宅見組)、寺岡修若頭(俠友会)、宮下和美舎弟頭補佐(二代目西脇組)、清崎達也幹部(四代目大門会)の5名だけ。その後、新たな舎弟・直参を加え14団体となっているものの、勢力減は否めない。

写真はイメージ/photo by iStock
 

神戸山口組の衰退を最も印象付けたのは、9月16日、中核組織の五代目山健組が六代目山口組に復帰したことだった。現在、五代目山健組の中田浩司組長は、19年8月、神戸市内で発生した三代目弘道会系組員への銃撃事件の実行犯として逮捕、起訴され拘留中。中田組長は、拘置所のなかから「六代目山口組に復帰し、自分は幹部となる」という組員宛の手紙を出し、この日の五代目山健組会合で公表された。

約1年前、既に中田組長は、神戸山口組を離脱、単独組織としていた。これも衝撃だったが、山口組分裂が、神戸に本拠を置く山健組と名古屋を本拠とする弘道会の勢力争いを背景にするものだったはずだ。

もちろん山健組の全組員が従っているわけではなく、分裂の際、與則和若頭ら残留組が4割はいる。だが、盃が優先する暴力団組織で、親分は絶対的存在であり五代目山健組は独立し、今回、六代目山口組に合流するのである。

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