「良かれと思って」先回りした手助けが、認知症当事者の夢を奪う

認知症の私から見える社会(11)
丹野 智文 プロフィール

共依存

困りごとはたくさんありますが、困らないように先回りをして何でもやってもらえたら困らなくなります。しかし、できることまでやってもらえるようになると「自分で決めて行動する、自由が奪われている」ということに当事者自身が気づかなくなってしまいます。家族が目の前からいなくなるだけで不安になり探してしまう理由がここにあります。

これは認知症の症状ではなく、環境から作り出された「依存」という状態です。家族も「私がいないと何もできない、不安で目が離せない、常に一緒にいることが当たり前」になってしまい、共依存状態になってしまうのです。このような状態を支援者が見て「仲の良いご夫婦でいいですね」「幸せですね」「頑張っていますね」と褒めることがあります。そうなると家族も褒められることでさらに頑張ってしまい、結局、疲弊してしまうのではないでしょうか。

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手をつなぐ行為は周りから見ると、仲の良い夫婦と思われます。でも実際は、認知症になる前は手などつないでいなくても認知症になると手をつなぐようになる人たちが多いです。手をつないでいると、仲の良い夫婦に見え、周りから「いいですね」と褒められます。しかし、「なぜ、つなぐようになったのか?」を考えると、「いなくなると困る」「自分のスピードに合わせたい」という想いがあるのではないでしょうか。

 

本当に仲の良い夫婦なら手をつないで横に並んで歩くはずです。スピードも相手に合わせて歩くはずです。また、手をつながなくてもよいかもしれません。しかし認知症の人は手をつながれることで「引っ張られて歩いている」こともあるのです。

ご家族も仕事や家事で時間の余裕がないかもしれませんが、少し待ってあげてくれませんか。

「共依存」は認知症の症状ではなく、環境から作り出された別の「症状」だと思います。

待ってあげて、できることは自分でしてもらう、一緒に工夫をすることを考える。少しでも当事者ができることが増えること・できることを減らさないことが、結局は家族も楽になることなのです。何でもやってしまえばその時は簡単で、時間もかからないのですが、当事者ができていたこともできなくなってしまいます。そうなると、すべて家族が代わりにやることになってしまいます。これはお互いに不幸なことです。

若い頃は手をつないで相手に合わせて歩いても大丈夫でしたが、歳をとってから手をつなぐとバランスをとるのが大変になります。かえってつまずいたりしてしまう可能性もあります。

昔見た、老夫婦が手をつないで笑顔で歩いていたCMがとても印象が強く、私の頭の中にいまでも残っています。同じ手をつなぐならCMのように横に並んで笑顔で歩くことができたら、みんながうれしい感情になるのではないでしょうか。現実は違うと言われるかもしれませんが、同じスピードで楽しく歩いていることが私の理想なのです。

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