認知症当事者が絶望を覚える瞬間…「進行を遅らせたい」周りの過剰な反応

認知症の私から見える社会(8)
39歳でアルツハイマー型認知症と診断されて8年、全国を飛び回り、300人を超える認知症当事者と対話し続けている著者、丹野智文。彼だからこそ書けた当事者の「本音」、そしてよりよく生きていくための著書『認知症の私から見える社会』から注目の章をピックアップしてお届けします。
認知症当事者700万人時代を迎え、すべての人のすぐ隣にある世界をもっと知るために。

「やさしさ」が自由を奪う

診断された途端に周囲の人から向けられる「やさしさ」(善意)が、当事者の自由を奪います。また、周りの人たちが「やさしさ」を履き違えているのではないかと感じることもあります。

例えば、家族から「うちの夫は電気をつけっぱなし、水道の水を出しっぱなしにして困っています。どう注意したらよいのですか?」というような相談がよくあります。

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電気がついていたら消してあげればよいし、水が出ていたら止めてあげればいいと思います。認知症でなくても電気の消し忘れや蛇口の閉め忘れをすることはあると思います。消したり止めたりしてあげるのが「やさしさ」であり、それを問題行動として失敗を毎日のように指摘するのは、「やさしい」ということではないと思います。

忘れたくて忘れているわけではないのです。消費電力が40ワットの照明を1時間つけっぱなしにしても1円ほどにしかならないのです。どうしても気になるなら人感センサー付きLED電球にするなど、工夫すればよいと思います。それが本当のやさしさではないでしょうか。足を骨折した人に「早く走れ」とは言わないのに、記憶がしづらい症状の人に「忘れないで」と言うのはなぜでしょうか。

家族は、注意して気づいてもらうことが「やさしさ」だと思っているので、毎日指摘をします。それは、電気を消し忘れないことが脳トレと同じように頭を鍛えると思っているからです。

しかし、それは残念ながら意味がないことは、医学的見地から明らかになっています。

当事者は、イライラはするけれど言い返せません。言い返せない理由の一つには、良かれと思って言ってくれていると思うからです。言い返すと相手は黙ってしまい落ち込んでしまうし、何も言えなくなってしまうのです。また、「自分のことを思ってやってくれているのに、それを否定したら自分を助けてくれる人がいなくなってしまう」と思うのです。だから自分の思い通りにならなくても、我慢しています。

将来のことを考えると、家族以外に自分のことを支えてくれる人が思いつかないので、すべてをあきらめてしまうのです。

この一連の過程のすべてが認知症になったことでの「本当の困りごと」なのです。

私は当事者があきらめないで、前向きになるために、当事者がやりたいことを実現できるように応援して欲しいと思っています。

当事者はやりたいことを実現しようと話をする中で、本当の困りごとを話しはじめます。

認知症と診断される前は1人で電車に乗って出かけるのが趣味だった当事者が、「旅行に行きたい」「飲みに行きたい」という希望があっても、家族から禁止されているため「1人で出かけられないから無理」と話してくれました。

「禁止されて」と言うと、「禁止なんてそんなきつい言葉は言わないよ」と思うかもしれません。そんなのは当事者の被害者意識と思うかもしれませんが、実際に多くの当事者が禁止されていると言っていたのです。「ダメ」と言われるのは当事者にとっては禁止と同じことです。

「家族の心配からくる困りごと」を一緒に解決しながら、当事者がやりたいことを実現するためにどのような工夫をしたらよいのか、当事者と話し合うことで前向きになるきっかけとなります。

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