DNA遊園地の妖精

2051年のナノワールド物語
藤崎 慎吾 プロフィール

愛さんは妖精が横切った映像を巻き戻し、今度は普通の速度で見ていきました。

「いたっ!」

端末をタップして、愛さんは映像を止めました。何と画面には、手足と翼らしきものがある、いかにも妖精らしきものが映っていました。全体的に青っぽい光をまとっており、所々に水色や緑色の部分もあります。遊園地のアトラクションには色がなく、普段の映像はモノクロと同じだったので、妖精の姿はひときわ鮮やかでした。

ただアニメやゲームなどに出てくる妖精とはちがって、全体的にごつごつしています。むしろ人型ロボットに近いかもしれません。無数のDNAが束になり、複雑に絡み合って、できているようです。

もちろん愛さんは、こんなDNAオリガミをつくったことはありません。AIが勝手につくることもないはずです。しかも不思議なことに、この妖精は非常に素早く動いていました。映像を実時間で見ても「動いている」とわかるくらいなのです。愛さんがいる日常的なスケールの世界では普通ですが、ナノ世界では驚くべきスピードです。

「あっ、こいつ泥棒だ」

妖精は逃げ足が速いばかりではありませんでした。その手をよく見ると、六角形の「いかだ」をつかんでいます。それは愛さんが小さな子供用のアトラクションとして、油滴の「池」に浮かべたオリガミでした。映像を進めて池が出てくる場面を見ると、いかだはやはり減っているようです。

【写真】六角形のいかだが減っているようだphoto by getttyimages

愛さんは妖精の姿を短い映像クリップにして、SNSにさらすことにしました。「私のつくったDNA遊園地に、泥棒の妖精が侵入しました。全国指名手配します! 心当たりのある人は、情報をください」とキャプションもつけました。

初めに返ってきたのは「へー、かわいいね」とか「かっこいい! ロボットアニメに出てきそう」とか「つかまえたら、いくらもらえる?」みたいな、たわいのないコメントでした。でも、そのうち妙に難しい書きこみが増えてきました。

「この妖精、DNAオリガミとしては、かなり複雑だな」

「大人でも、なかなかつくれそうにない」

「ちょっと映像を解析してみたんだけど、DNAも普通じゃないぞ。A、T、G、Cだけじゃなくて、相当な数の人工核酸塩基が使われている」

「本当だ。それで蛍光色を帯びていたのか。しかも、あまり知られていない人工塩基じゃないか。そのへんのライブラリには見当たらない」

「部位によって異なるようだが、全部を合わせれば人工塩基だけでも12種類くらいありそうだ。内部の見えないところには、もっとあるかも」

「僕も2、3種類の人工塩基は使うことがあるけど、12種類以上は化け物だな。どれだけの機能を持っているんだろう。金属錯体を含んでいるのもありそうだから、電磁波でリアルタイムに操れたりするかもしれない」

「よく、こんなのつくったな。とても素人がやったとは思えん」

「お金も時間も、相当かかってるはずだ」

「もしかして、最近、うわさされてるナノドクターズ・キラーだったりしないか」

「えっ、テロ組織がつくって、ばらまいてるかもしれないってやつ?」

「そうそう。ウイルスみたいに口や鼻から体内に入ると、ナノドクターズをハッキングして機能を止めたり、逆に暴走させて免疫システムを狂わせたりするんじゃないかって言われてる」

「それって、まだ可能性の話でしょ。実際に発見されたわけじゃない」

「これが最初の発見かも」

「テロリストがばらまいたナノドクターズ・キラーが、たまたま小学生のDNA遊園地にまぎれこんだってか(笑)」

「いや、笑い事じゃないかもしれないぞ」

「もう、この映像かなり拡散していると思うけど、場合によっては当局が目をつけて調査に入るかもな……」

だんだん恐ろしい話になってきました。心臓がバクバクしてきたので、愛さんは慌ててSNSを閉じ、思い切ってアカウントも削除しました。今にも警察か誰かが来て、玄関の呼び鈴を鳴らしそうな気がしてきます。

関連記事