「それ、悪口です」認知症当事者がイライラするワケはあなたにある

認知症の私から見える社会(5)
39歳でアルツハイマー型認知症と診断されて8年、全国を飛び回り、300人を超える認知症当事者と対話し続けている著者、丹野智文。彼だからこそ書けた当事者の「本音」、そしてよりよく生きていくための著書『認知症の私から見える社会』から注目の章をピックアップしてお届けします。
認知症当事者700万人時代を迎え、すべての人のすぐ隣にある世界をもっと知るために。

「何もできない」わけではない

当事者から、「私が話をする前に家族が名前から趣味からすべてを代わって話してしまう、どうしたらいい?」と相談されることがよくあります。

当事者は頭の中で考えて言葉にするのにワンテンポ・ツーテンポ遅れるだけで話せないわけではありません。認知症になると、いままでよりも頭の中で考えて言葉にするのに時間がかかるようになります。それなのに、毎回毎回、自分が話をする前に家族に先に話をされたら話をするのが嫌になってきます

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そして、黙ることが多くなると、「この人は話ができなくなりました」「何もできなくなりました」と言われます。何もできないってどういうことか私にはわかりません。普通に歩いているし、飲み物も自分で飲んでいるし、いろいろなことが自分でできています。

 

認知症の症状でできないこともあるかもしれませんが、それは生活の中の一部であり、何もできないと言われ、すべてができなくなったと言われるのはおかしいと思います。

また、「最近怒るようにもなった」と言われることがありますが、そもそもすぐ隣でそんなことを言われたらイライラすると思います。怒るようになったわけではなく、周りの人たちが気づかないうちに怒らせているのです。認知症になると何を言われても良いのでしょうか。当事者が傷つくことを言われていることに周りの人たちは気づいていないのです。

認知症に関する冊子などを見ていると、家族の困りごとが書いてあります。そこで「トイレを失敗するようになった」「目が離せなくなった」など当事者が見たり、聞いたりしたら落ち込むようなことがたくさん書いてあります

なぜ、その冊子を当事者も見るという視点がないのだろうと思っています。事実なら何を言っても、書いてもいいのですか? 当事者が、「最近うちの妻が、ぶくぶく太って」と言ったり、書いたりしたら怒ると思います。それなのに「なぜ家族は当事者を目の前にして言ってしまうのか」わからないのです。

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