「家族にすべてを奪われた」認知症当事者が言えなかったホンネ

認知症の私から見える社会(4)
丹野 智文 プロフィール

当事者が「参加」したくない理由

なぜ、参加しても面白くないのか? それは、その「場」が家族の困りごとを解決しようとする「場」だからです。当事者の困りごとを解決してくれる人が、その「場」にいないのです。

家族は、隣に当事者がいるのに「この人がいると目が離せないので私の時間が全然なくなりました」など、自分の気持ちだけを吐き出すことがあります。

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そのような時、当事者は嫌な気持ちにしかなりません。また、当事者が話をする前に「何年前に認知症と診断され、現在は何歳です」など自己紹介まで家族がしてしまい、当事者が話をすると「それ違うでしょ」と否定されることがあります。

そんな「場」へ当事者が行きたいと思うはずがありません。ある当事者は施設の名前を間違えただけで「違う」と言われて、その場から早く帰りたいと思ったそうです。当事者に限らず、誰でも言ったことを否定されるのは嫌なものです。何か発言するとすぐに「違うでしょ」と言われると気持ちが落ち込んでしまうのではないでしょうか。

 

その人は「嫌なことを言われているから『帰りたい』と言うと、さらに『あなたのためにみんな来ているのに』と嫌な言葉を返されたが、その時は何も言えずに気持ちを飲み込んだ」と言っていました。その「場」にいるだけで常に家族から「この人はすぐに忘れる、何もできなくなった」などと否定的な言葉を言われ続けたら、一緒に出かけるのも嫌になってしまうのではないでしょうか。

家族は「悪いことは言っていない、本当のことを言っているのだから」と思っているはずです。でも当事者のことを思って話をしていることが、当事者を傷つけている場合もあります。そして、家族でもそのことに思いがいたらない人が多いのです。

私が出会ってきた当事者たちの言葉でいちばん多かったのは「家族がいちいちうるさい、すべてを奪われた」でした。そのような場には、支援者もいることが多いのですが、「家族がうるさい、奪われた」という当事者の困りごとに支援者は「家族は心配なのです」「あなたのことを思って言っているのです」というような言葉を返します。そうなると、当事者は、家族に世間体を気にしての「普通でいて欲しい」という気持ちを押し付けられていると感じ、つらいだけの経験になってしまいます。

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