これまで1年半以上、感染対策もきちんとしていて、コロナに感染することもなかったので、「まさか…」と思ったそうですが、体のだるさを感じ始め、3日後には呼吸がうまくできない状態にまでなった旅作家の歩りえこさん。

歩さんは、FRaUweb連載「世界94カ国で出会った男たち」で毎月2回、世界各国を旅していた当時を振り返り、現地の様子や各地で出会った人々について綴っていただいています。8月はその連載が休載、歩さんが新型コロナウイルスに感染したのです。

前編では、倦怠感、発熱、味覚障害などコロナの代表的な症状といわれている不調が次々と起こり、呼吸困難にまでなった経緯、そして何度も諦めずに電話をし続け、運よく病院に受け入れてもらえることが決まったところまでをお伝えしました。

後編では、病院へ行くと肺炎であると診断され即入院、その日から退院までの様子、SNSで感染を公表した後に受けた誹謗中傷、退院から1ヵ月以上経っても悩まされている後遺症などについて寄稿いただきました。

「肺炎を起こしていて
酸素もギリギリの状態です」

病院に到着するとインターホン越しに救急外来の外の椅子で待つよう言われて1時間ほどが経過した。容態は悪く、今すぐにでも地面に倒れこみたいほどだったが、やがて救急外来の一時待機隔離室らしき場所へと案内されて体温・酸素飽和濃度の測定とレントゲン検査をした。

医師から「肺炎を起こしていて酸素もギリギリの状態です。すぐに入院しましょう」と言われ、さらに1時間ほどその隔離室で待機した後に【レッドゾーン】と書かれた隔離病棟のベッドへと車椅子で移動した

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ベッドに横たわることができた瞬間、思わず「生きている……」と安堵した。隔離病棟のベッドでは常に酸素飽和濃度が測定できるパルスオキシメーターが指に装着され、少しでも数値がガクッと下がると看護師さんが来てくれるという有難い環境だった。

入院初日は酸素飽和度が86〜93、平均91くらいの状態で呼吸が苦しかった。写真提供/歩りえこ

入院初日は酸素が90前後で良いときでも93くらいだった。トイレに行くと息が上がり……ふと見ると数値が86まで一気に下がっていた。その数値に驚いて「今動いたら死ぬのではないか」と思い、慌てて廊下の手すりに掴まって、数値が上るまで静かに待った。

やがて、少し容態が落ち着くと家族や関係者への連絡に奔走することに。両親への連絡が終わると、所属事務所の担当マネージャーへ連絡。やりとりが何度かあり、その後、予定が既に入っていたお仕事先などへの連絡をした。これらを全て終えると安堵からか、ぐったりしてようやく安心して休むことができた。

暫くして、洗顔ソープや替えのパンツすら一枚も持って来ていないことに気付いたが、そんなことは心底どうでもよかった。とにかく必死に行動を起こした結果……運よく入院することができたのだ。

入院できた理由として、都心部ではなく郊外に住んでいたこと、長年検査などで毎年利用している病院で私の既往症など全ての記録が病院内にあること、たまたま空床があったことなどがスムーズに入院できた理由かもしれない