「認知症は“何も分からない”とは違う」39歳で認知症になった私が想いを語る理由

認知症の私から見える社会(1)
丹野 智文 プロフィール

私が認知症当事者の想いを語る理由

最近、「認知症フレンドリー」「認知症にやさしい街」などを謳い、認知症になっても住みやすいように表示を見やすくしたり、使いやすい道具を考えたり、公共交通機関を使いやすくしようというような活動が増えてきました。

認知症の人が使いやすいものは、高齢者にも使いやすいものだと思います。認知症の人にとって公共交通機関が使いやすいというような良い環境は、他の障害のある人にも、良い環境になると思います。環境が良くなることは、とてもうれしいことです。

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しかし、これらのことはすべてハード面が良くなっているだけであり、認知症当事者に関わる人たちの気持ちや考え(ソフト面)が変わらなければ、本当の意味で「認知症にやさしい街」にはならないと思います。

これまで認知症の人に関わる中でやってきたことが、「正解」か「間違い」かで判断するのではなく、みなさんが関わる認知症の人たちが「幸せと感じているか」を振り返っていただきたいと思います。

私は、認知症と診断された当事者が、自分の人生にあきらめることがなく、笑顔で前向きな生活ができることを願っています。当事者が笑顔で前向きな生活を送ることで、家族も楽になりお互いの幸せにつながると思うからです。

 

診断直後は、家族に「あれもダメ、これもダメ」と言われて気持ちが落ち込んでいた当事者が、当事者同士の話し合いから、自信を取り戻したことで、より前向きな言葉を言うようになりました。

家族の前でも笑顔が増えたことにより家族も安心したのか、当事者のやることをダメと否定するのではなく、どうしたらできるのか一緒に考えるようになってきました。家族が応援してくれるように変わったことで、家族の仲が認知症になる前よりも良くなったと喜んでいる人もいます。

しかし一方で、私と一緒に活動してきた当事者の仲間たちの中には、本人の意思とは関係なく精神科病院に入院させられ亡くなった人がいます。精神科病院では「暴れる」「出て行こうとする」等の行動が、問題行動とされ身体拘束されていました。何の説明もなく入院させられた仲間は、一人ではありません。そして、私たちのところに帰ってこられなかった仲間のことを考えると「彼らの寿命は本当にそこだったのか、精神科病院に入っていなかったら、現在も一緒に元気に活動できていたかも」と考えてしまいます。

精神科病院がすべて悪いとは思っていません。薬を調整することで、症状が回復する場合もあると聞いています。しかし、入院した私の仲間たちは無表情になり、すべてをあきらめているように見えました。彼らの姿を思い浮かべるだけで、悔しく、悲しくて、イライラします。この思いを「仕方なかった」で終わらせたくないと考え、今回、認知症当事者としての想いを書きました。

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