中国の急激な膨張を支える《天下主義》という強烈なイデオロギーの正体

中華圏の「新たな政治思想」
福嶋 亮大 プロフィール

同じく中国にとっても、諸民族が「和諧」して平和裏に共存しているという見かけは絶対に死守されなければならない。だからこそ「外国勢力」と結託して、中国からの分離・独立を目指し、国家の安全を脅かす(というレッテルをはられた)輩は、香港人だろうとウイグル人だろうと、留保なく攻撃されるべきなのである。この「見かけの偽造」のプログラムを官僚組織が忠実に実行したとき、ヒステリックな抑圧はいっそう加速することになる。

最近でも、香港の「リンゴ日報」の幹部たちが、まさに外国勢力との結託という罪状で逮捕されたことは、日本でも報道された。もともと、中国には、アヘン戦争このかた一世紀にわたって外国の帝国主義勢力に蹂躙されてきたという「百年国恥」のストーリーがある。それが、外国の息のかかった分離主義者(とされる存在)を大きな脅威に仕立てあげる要因となった。香港やウイグルの独立派は、中国政府に比べて明らかに弱者だが、彼らをまるで巨悪のように表象するフィルターがかかっているのである。

 

《勢》の論理

とはいえ、急激な「雪解け」がすべて計算づくで進んだと見なすのも早計である。中国政府が最初から、これほど早急に香港の支配を進めるつもりだったとは思えない。対立がエスカレートしてゆくとき、当事者もそれを完全に制御することはできず、すべてを合理的に説明することも無理である。とすれば、変化の主役は中国共産党でも香港市民でもなく、実は変化そのものと言うべきではないか。

ここで思い出されるのは、中国語の《勢》という概念である。中国哲学者のフランソワ・ジュリアンは《勢》について「人間のイニシアティブではなく、事物の配置から出てくる力」として説明している(『勢――効力の歴史』中島隆博訳)。つまり、《勢》の論理とは、特定の政治家や国家ではなくて、変化をもたらす構造や配置を主役とする考え方である。

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