“なかったこと”にせず、
わからなさと向き合う

小林 私、今回の短編集の中でとても好きな部分があって、今日ぜひそのお話もしたいと思っていたんです。『じゃあ、何を歌うんだ』は広州出身の主人公がサンフランシスコや京都で光州事件(1980年5月18日から27日にかけて韓国・光州市を中心として起きた民衆の蜂起。正式名称は五・一八民主化運動)や済州島四・三事件など韓国の歴史的な事件を語る人々に出会う物語です。京都のバーで居合わせた男性2人が光州民主化闘争のテーマソングを「歌う/歌うな」ということで諍いさかい、気まずいムードが漂います。そんな場面でバーの店主が突然近所の“おいしいおかゆ屋”の話を持ち出します。しかもそれが延々と続いていく。あまりに唐突で脈絡がないのでドキッとするのですが、それも含めて、とても印象的で好きなシーンです。

パク 改めて意図を聞かれるとうまく答えられないのですが、光州事件という歴史的な大事件を扱うストーリーの中に、あえて無関係な、言ってしまえば“どうでもいい”話を繰り返すことで逆にテーマが垣間見えてくる、その事件を実際に経験していない主人公にも“触れられる”ものにできるんじゃないかと思ったんです。

小林 すごくよくわかります。私は以前、アウシュビッツ強制収容所を訪れたことがあるのですが、歴史的に非常に悲惨なことが行われた場所で、実際その場でもそう感じていたのですが、その帰り道にすごくお腹が減ってごはんのことを考えちゃったりとか、あとすごくトイレに行きたいとか思って、自分でもびっくりしたんです。と同時に、そういう日常的な感情を抱いたことこそを、たとえ不謹慎と思われようともきちんと書きたいと思いました。

パク 同じ人間ということですね。

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小林 『アンネの日記』を読んだとき、明日死ぬかもしれないという状況下でもごはんを食べたり勉強したり、日常が淡々と続いていた。これは単なる戦争の話ではなくて、戦時下を生きたひとりの少女の物語だったということに衝撃を受けたんです。自分と全然違う人間が戦争中に生きていたり、戦争をしていたわけじゃない。そう思ったことがきっかけで、大きな歴史や巨大な事件を前にしたとき、ただかしこまって“考えているふり”をするよりも、お腹が空いたとか、自分の今のそういう感情もひっくるめて向かい合うことが大事なのかもしれないと思ったんです。だから私もパクさんと同じように、大きなテーマを扱うときほど、人間の根源的な感情や日常の些細なことをあえて描きたいなと思っているんです。

パク その通りだと思います。私もそんなふうに考えています。