長野県の高校1年生による市議への請願

では、日本の若者は、社会課題に関心を抱くことができないのか。社会に参画しようとしていないのでしょうか。

長野県松本市では、2017年2月に、松本工業高校の1年生が市議会に請願をしました。「最寄り駅から学校までの途中に自転車の専用道があるが、路上駐車している車のせいで自転車専用道路なのに使えないのでなんとかしてほしい」という内容です。そして、この請願を市議会が採択しました。自分たちのまちの身近な問題について「おかしいな」と思ったことに声を挙げる。しっかりと市議会が声を聴いてくれる。請願権は憲法16条で保障されており、松本工業高校の高校生は授業の中で学んだからこそ実際に行動に移すことが出来たのです。

せっかく自転車専用道路があっても、そこに車が路駐されていたら…そんな「困ったこと」に声を上げると変わりうるという信頼があるからこそ声をあげられる Photo by iStock
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また、2019年の秋には、東京都板橋区の小学生による陳情が話題になりました。区の方針変更にともない、今までサッカーなどボール遊びができていた公園で、急にボール遊びができなくなったのです。そこで小学生は、まずは「区長への手紙」を書いたのですが、その回答内容に納得がいかなかったので、「ボール遊びができる公園を整備して欲しい」「子どもが関係する施策を実施する際は、子どもからの意見も聞いてほしい」など5項目の陳情を区議会に対して行いました。区議会では、4つの陳情を採択し、1つが継続審査となりました。 

このように、子どもや若者が声を挙げてきちんと届けていけば、そうした声をきちんと聴き、受けとめ、政策につなげてくれる大人もいます。有権者ではなくても市民である子どもの意見を議会が取り入れることで、今まで身近な存在では無かった議員を、身近な議員として実感できます。自分たちの声で社会を動かすことができるという経験を、子ども時代から積んでいれば、声を挙げることの重要性を認識できるようになります。しかし私たち大人は、そうした経験を子どもたちにきちんと保障しているのでしょうか。「大人に言っても聞いてくれない」と諦めてさせていないでしょうか。そして大人は、せっかく子どもが自分の意見を伝えても、「なに生意気言っているんだ、小学生のくせに」とか、「中学生は勉強していればいい」といったやりとりをしていないでしょうか。