もしも相手がママ友だったなら

状況を変えて考えてみる。私の言葉が、不特定多数に向けたネットの記事ではなくて、ママ友との会話の中で出たものだったとしたら。例えば、ママ友に「うちの子、字が読めないんだけど」と相談されて、その返答に私が上にあげた次男のエピソードを伝えたとしたら。なるほど確かに、「焦らなくていいんじゃない?」というメッセージになるだろう。

ネット記事の読者の方々の状況は様々だ。受け取り方が多様になるのは当然のことで、想定していなかったから焦ったなんていうのはずいぶん勝手な言い分だ。

伝えるということは覚悟を持つことだ。

そして、かくも難しい。

提供/青木裕子javascript:void(0)
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自分の一言が誰かの人生において良くも悪くも意味を持つ言葉になるかもしれない。でもそのすべてを予測して行動することなど不可能だから、せめて覚悟を持つことだけは忘れてはいけないと思っている。

テレビ局でアナウンサーとして8年強務めた中で、骨身にしみてわかっていたつもりのことを改めて実感した。

(ちなみに私は、何かを習得する時期については、子によって、習得できた喜びとそこに至る苦労のバランスを見ながら考えていくのが良いかなと思っている。話が出来るだけ、歩けるだけ、字が読めるだけ、書けるだけで褒めてもらえる時期なんてごく限られているので、その時期を自己肯定感を高めるため有効活用したいとも思うし、しかし一方で月齢や性格で習得までの困難は違うわけだから、そのために、あまりに一方的な苦痛を与えることになるのは避けたいとは思います)