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オリンピック、きゃりーぱみゅぱみゅにも影響した、90年代「渋谷系」音楽の遺産

新たな展開を見せる1990年代文化

五輪閉会式の背景には「渋谷系」

クライマックスにはルイ・アームストロングの名曲「この素晴らしき世界」が流れた、9月5日のパラリンピック閉会式。一方、約1ヵ月前の8月8日、東京五輪閉会式にてオリンピック旗がパリ市長へと手渡される際、BGMには「東京は夜の七時」が流れていました。

5年前、リオパラリンピック閉会式の「フラッグハンドオーバーセレモニー」で、椎名林檎編曲の「東京は夜の七時~リオは朝の七時~」が使われたことを受けての選曲のようです。

東京オリンピックの閉会式[Photo by gettyimages]
 

1993年に発表されたピチカート・ファイヴ「東京は夜の七時」は、渋谷系と呼ばれる音楽ジャンルの代表曲として、今日まで歌い継がれてきました。そう言えば、今回のオリンピック開会式・閉会式の音楽監督を務めた田中知之(ファンタスティック・プラスティック・マシーン)が世に知られるきっかけは、95年リリースのピチカート・ファイヴのアルバムに楽曲を提供したことでした。

では、その「渋谷系」とは何だったのでしょう。当時渋谷の外資系レコードショップで、きわだって売れ行きのよかった、都会的なJポップといったあたりが語の発祥のようです。しかし、渋谷系とくくられた楽曲群には、ソウルあり、ボサノヴァあり、ヒップホップあり、アシッドジャズありと、まぁ何でもありです。要するに世界中のカッコイイ音楽を、渋谷界隈で混ぜ合わせるというムーブメントでした。

ちなみに1998年デビュー時に椎名林檎は、小ぎれいな渋谷系とは違う「新宿系」と称されたりもしました。それだけ90年代の音楽シーンにおいて、渋谷系は大きな存在感をもっていたわけです。

1990年代に渋谷系が発生したワケ

では、なぜ1990年代に渋谷系と呼ばれる文化的なムーブメントが生まれたかというと、このディケードがメディアの大転換期だったことが、その要因の一つにあげられます。

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